夏前の国会において、会期を延長しなかったために郵政改革法案や地球温暖化対策基本法案が廃案になったことはよく報道されました。しかし、同時に廃案になったものがいくつかあり、その中であまりそれについてマスメディアで報道がされてなかった印象を受けるものがいくつかあります。
その中のひとつが、「障害者自立支援法」の改正案。

この法案、名前は聞いたことのある方はそれなりにいらっしゃると思います。ここ最近で一番注目されたのは、民主党政権が成立時、長妻厚生労働大臣がこの法律を廃案にすると発言したことでしょう。

さて、何故この法案の廃案が提起されるのか、そしてそもそも何故この法案が成立したのか、そして今その状況はどうなっているのかについて、今日は書いていこうと思います。

※この記事は2010年8月22日時点ものです。2016年1月9日リンク切れ等微細修正。
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Wheelchair / i_yudai



『障害者自立支援法』とはどういう法律か


まず、この法律はどういうものか。そこを簡単に説明してゆきます。  同法の第一条には目的として以下のように記されています。
第一条  この法律は、障害者基本法 (昭和四十五年法律第八十四号)の基本的理念にのっとり、身体障害者福祉法 (昭和二十四年法律第二百八十三号)、知的障害者福祉法 (昭和三十五年法律第三十七号)、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律 (昭和二十五年法律第百二十三号)、児童福祉法 (昭和二十二年法律第百六十四号)その他障害者及び障害児の福祉に関する法律と相まって、障害者及び障害児がその有する能力及び適性に応じ、自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービスに係る給付その他の支援を行い、もって障害者及び障害児の福祉の増進を図るとともに、障害の有無にかかわらず国民が相互に人格と個性を尊重し安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することを目的とする。
■参考:障害者自立支援法

この「障害者自立支援法」が提出された目的としては、

・障害者施策の一元化
・利用者の利便性向上
・就労支援の強化
・支給決定のプロセスを明確化
・安定的な財源の確保

があるとされています。
とりわけ、財源の確保は近年の財政難に鑑み制定されたもので、原則費用の1割負担が規定されました。

これは、それまであった支援費制度が財政を圧迫する性質のものであったことから、その対策を迫られたものであるとも言えるようです。ちなみに国の費用負担の責任を強化し(費用の2分の1を負担)も規定されています。

■参考:支援費制度 - Wikipedia


『障害者自立支援法』の成立


しかし、この法律成立以前から問題点が指摘されていました。それは障害者が福祉サービスを受けるにあたって、一律に負担させることにより、所得の低い、もしくは病状や家庭の事情により多くの福祉サービスを受けなければならない人の負担が増大し、生活を圧迫する危険性があるのではないかということ。
しかし、そうなることはしないという声に押される形で、法律は第163回通常国会、第三次小泉内閣がのもと、2005年10月31日可決、成立(余談ですが、この日が第三次小泉内閣の最終日で、翌月内閣改造)。そして2006年4月1日から一部施行、10月1日に本格施行となりました(ちなみに第162回通常国会でも提出されていますが、時間切れ廃案になっています)。


『障害者自立支援法』の問題点


しかし、実際に施行されると、その懸念されていた問題点が浮き彫りとなってきました。その中で最も問題視されたのが、応益負担による低所得者の負担増。それまでの障害者はその福祉サービスを受けるための費用負担は「応能負担」といい、所得に応じて利用料を負担するものであり、所得が低い人は安価、もしくは無料でサービスを受けられました。しかし同法では「応益負担」、つまり所得とは関係なく低率で負担する方式(原則1割負担)に変更になったこと。常に介護が必要な障害者を抱える家庭で、ヘルパーなどをつける場合、今までより負担が3倍以上にはね上がっているような状況も生まれたそうです。その他も年収の大小問わず、かなり経済的負担状況が厳しくなった例があるようです。

同時に、支出が増大したにもかかわらず、就労の支援が追いついていないため、障害者の方の負担が増大し、結果として財政的圧迫を受ける方が多くなりました。その結果として、今まで受けられていた介護サービスなどを満足に受けられなくなるという状況が生まれてしまいました。

障害者の方の中にはこれを苦にして自殺された人もいる、という噂もあります。これについては明確なソースは見あたりませんので真偽は何とも言えませんが、実際に生活状況が苦しくなった方が多くいるというのは、その後の様々な反対運動からも確かでしょう。

■参考:障害者自立支援法の基礎知識
■参考:惨憺たるアンコウ 障害者自立支援法訴訟和解

『障害者自立支援法』に対する訴訟


そのため、この法律に対して法の下の平等を定めた憲法に違反するとして集団訴訟が起こされました。

■参考:障害者自立支援法訴訟の勝利をめざす会
■参考:障害者自立支援法訴訟 全国弁護団


方針転換発言と和解


しかし、この流れが変わったのが、最初に書いた長妻厚生労働大臣の発言。ここで、廃止が明言されます。それを受ける形で上記の裁判でも国が和解を申し入れ、2010年4月、全ての地域で和解が成立しました。

■障害者自立支援法訴訟が終結 東京で14地裁最後の和解 - 47NEWS(よんななニュース) ※リンク切れ


和解の後、『障害者自立支援法』はどうなったか


その後、2010年の国会において、障害者自立支援法の改正案が提出されます。

何故廃止なのに改正案が出たのかというと、2012年の国会に新法を提出する方針であるため、それまでのつなぎ法案とさされたとのこと。しかし、その中に応益負担が残っていること、そしてつなぎを保証する時限立法の制定がないことで、法律の延命処置とも見受けられることから、この改正案に対しての反対が起こりました。

しかし、衆院厚生労働委員会において民主と自民、公明など各党の賛成多数で5月28日に可決しました。しかし先日国会会期が延長されたなかったことにより、この法案は時間切れの廃案となりました。

おそらく、次期国会でも何らかの形でこの法律については出て来ると思われます。それが廃案なのか、改正案なのかわかりませんが、動向に注目する必要はあるでしょう。

■asahi.com(朝日新聞社):障害者の負担軽減へ 自立支援法改正、今国会成立見通し - アピタル(医療・健康) ※リンク切れ
■参考:民主が自立支援法“延命”へ/障害者との合意裏切る/28日にも衆院委で採決狙う 自民と結託
■参考:障害者自立支援法 - Wikipedia



この問題から学ぶことは何か


さて、この法律の例から学ぶところはいろいろあると思います。  まず、法律は当初の目的通りに行かないこと。この法律も当初はうまく機能し、最初の目的をうまく行かせるために考案されたはずでしょう。しかし実態はそうならず、むしろ真逆のことになっています。これは、実態が理想とかみ合っていないことから起こっていることでしょう。ただ、日本の場合(というか世界でも同じようなところがあるかもしれませんが)、一度法律を制定すると、それに運用上の瑕疵が生じた場合も、なかなか訂正がなされない場合が多いという問題もあります(修正のために省令などが出る事はありますが、あくまで令であり、法程の力はないので)。実際、障害者自立支援法も、開始から数年でその運用上の問題が出てきた上、訴訟も起こっていたにもかかわらず、やっと昨年廃止の方向が打ち出されたというところがあるので。しかしその間にも、問題点は法として生きているのです。こうなった場合、面子などに関係なく、すぐに修正をするような動きが必要と思われます。とりわけ人の命がかかわる場合は。

あと、話がちょっとだけそれますが、障害を持つ人にとって、他にも政策がマイナスに働いている例があります。そのひとつが、診療報酬改定によるリハビリ打ち切り問題。これにより、回復する余地のある人が回復できないようになっているという現状が生まれているので、これも早急に対策を打つ必要があると考えます。

また、この法律に限ったことではありませんが、法はその法律名通りに実行されるとは限らないこと。得てして法律は口上がりのよさそうな名前になるので。しかし実態はそうならないことは多々あるわけです。故に法律を見る時は、その法律名にイメージを囚われないことが大切でしょう。


この手の医療、福祉系の問題は様々な立場から(これは障害者の方のほうはもちろん財政的な国の言い分も含めて)もっと注目、考慮する必要があるでしょう。障害や医療は自分と遠いところにあるわけではなく、すぐ隣の問題だと思います。

誰にでももしかしたら明日、医者にかかる可能性、そして障害者になる可能性があるのですから。