ネット上ではたまに法律が話題になることがあります。それは多くの場合可決前のもので、成立、施行されると本来言われている目的以外の不利益を及ぼす点を指摘されているものが多いです。たとえばPSE法問題なんてのがありましたし、最近は児童ポルノ法、国籍法、それに人権擁護法などといったものの法案の動きに対して、盛り上がる事があります。

■参考:PSE法問題はそれからどうなったのか : Timesteps
■参考:特集/ 同人用語の基礎知識/ それって本当に、子供を守るための規制ですか?(児童ポルノ処罰法の問題点について)

さて、今日のはそんなネットで話題になったもののひとつ、鳥取県のある条例から。
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鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例とその危険な点


2005年9月12日、鳥取県議会でとある条例が可決されました。正式名称は『鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例』と言います。この法案の目的は名前通り人権侵害を救済するものとされます。  これは当時の鳥取県知事、片山善博知事が、「地方レベルの人権救済制度の必要性」を表明したことをその制定の発端とするものだったとされています。

しかし、ネット上ではこの法案が可決する前後から、騒ぎとなりました。  その理由は、まず条例案第4条に「人権侵害救済推進委員会を設置する」と規定されているのですが、この委員会が不透明すぎることと、権力が強すぎること。

この委員会の任命権は選挙でも議会でもなく、知事にあります。さらに、この人権侵害の基準がその委員会の判断に委ねられすぎる面が強かったのです。極論「委員会が人権侵害と思ったから」という理由で、その意図のなかった人に対してまでその対象に出来るようなことになり得る可能性があったのです。

特に18条3項の「委員会は、人権侵害の被害の救済又は予防を図るため必要があると認めるときは、職権により調査を行うことができる。」が問題となりました。これは被害者や第3者の申告さえも必要なく、委員会の職権で調査を開始するということで、極論令状なしで捜査に踏み込むという、警察よりも強い権限を持つことになる可能性さえありました。  つまりその委員会に特定の思想や悪意を持つ人が入り込んでしまった場合、その意図に反する人を有罪にしてしまえるという、とんでもない事態になってしまう可能性もあったのです。

それに加え、17条3項には以下のような条文がありました。「(5)(申立て又は通報の原因となる事実が本県以外で起こったものであること(人権侵害の被害を受け、又は受けるおそれのある者が県民である場合を除く。)。」
つまり、被害者の対象は鳥取県のみであるにもかかわらず、加害者の対象はその他世界中の人が受けることになります。つまり一つの県の条例が全国に効力を及ぼす可能性、そしてネットでの書き込みも対象になる可能性があったのです。しかも前述のように委員会の判断一つで。  たしかに地方条例なので刑事罰を貸すことは出来ませんが、当該勧告に従わないときは、その旨を公表することができるものとされており、これにより間接的な圧力が加えられることともなりかねません(特に会社など対面が大事な個人、法人は)。また、調査に従わないときはで5万円以下の過料となっていますが、これをリピートされる可能性があるということも指摘されていました。

そのわりには行政機関が事実上免責されているという点もあり、条例として不完全きわまりないものになっていました。

■参考:鳥取県 人権侵害救済推進及び手続に関する条例 - 人権擁護法案を考える市民の会(条例案全文があり)


ネット上や弁護士会の反対


ネット上では当時から今まで同じようなものとして「人権擁護法案」の問題点について叫ばれていますが、これはそれよりもさらに問題があるということで、大反発が起こります。

まず、ネット上での反発の動きからか、県内外から1000通以上の意見が県庁に届きました。

そして、それまでも問題点を指摘してきた鳥取県の弁護士会が同条例施行規則の検討委員会に対する会員弁護士の派遣拒否を決議しました。

そして2005年11月2日には、日弁連も意見を表明し、その抜本的手直しをすることを求めました。

■鳥取県人権救済手続条例案に対する会長声明(2004年12月7日) ※リンク切れ
■日弁連 - 「鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例」に関する会長声明 ※リンク切れ


条例見直しの動き


その結果、2006年3月に知事提案による「鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例等の停止に関する条例」が県議会で可決。見直しが完了するまで施行を停止することとなります。

その後2007年4月、片山知事の退任に伴い平井伸治知事が就任。そして同年11月に「人権救済条例見直し検討委員会」は施行凍結中の条例の事実上廃止を盛り込んだ意見書を知事に提出し、条例廃止が規定路線になります。


条例廃案と既存法の改正


2009年1月、知事は条例を廃止する条例案を2月議会に提案することを表明。そしてこれがこのまま可決されれば、先の法案は施行されないまま廃案となるようです。

そして現在、鳥取県ではその代わりに鳥取県人権尊重の社会づくり条例を一部改正する方向で動いているようです。一読しただけなのでよくわかりませんが、相談と連携が主であり、委員会など権限の強いものはないように見えます。

人権救済条例の代替策について/とりネット/鳥取県公式サイト
鳥取県人権尊重の社会づくり条例の一部を改正等する条例案(pdf)
■参考:鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例 - Wikipedia



法律の制定は慎重を期すべき


もちろん、人権問題を軽視しろとは言いません。ただ、その本来の目的から逸脱して副作用を生じさせる可能性のある「瑕疵のある法律」については、それを十分検討、修正してから施行しないと、形を変えた、しかも法の下に認められてしまった新たな人権侵害を生み出すだけではないかと思うのです。

法律というものはただの文字列ではなく、極論人の生活、人生、そして命までをも左右してしまうものなのですから、制定する側は細心の注意が必要ではないでしょうか。