1999年の夏と言えば、ノストラダムスの大予言が本気で来るとは思っている人はほとんどいなかったでしょうが、今思い返すと、もしかしたら的な微妙な空気に包まれていたような感じもあったように思えます。もちろんそれを口に出す人はほとんどいませんでしたが。
それはともかく、この時期はインターネットの発展の可能性が見えてきた時期で、IT革命とかITバブルなんて言葉が多くの人はその実態もわからず使われ始めた時期でもあります。「インパク」の発案がされたのもこの時期でしたね(開催は2000年末から1年間)。
さて、そんな時期にとあるネットサービスが話題となります。その名は「Jside.com」というサイト。

DSCF3534.JPG / uemu
さて、このサービスを行っていたのはジェイサイドという企業ですが、どんなことをしていたかは知らないけど、名前だけは知っている人はそれなりにいるのではないでしょうか。それは、このサイトのCMがテレビでかなり流れていたこと。そしてそのCMに出ていたのが、1980代の人気司会者でありながら、セミリタイアしてほとんどテレビ出演しなくなっていた大橋巨泉だったから。たしか2~3種類のCMがあったと思います。
※2016/1/16追記
YouTubeを見てみたら、そのうちの一種類がありました。
■jside.com CM(2000) - YouTube
ちなみにこのサイトは、コミュニティサイト。つまりユーザーをそこに参加させて、主としてコミュニティ系のコンテンツを使わせるという感じのサイトですね。当時、インターネットで利益を出すためには、自社をポータルサイトとして有力な位置に据えて、そこから広告料やらコンテンツ使用量やらをとるということが提案されていました(例としてYahoo!等)。
そしてこのJside.comも、同じようなビジネスモデルを目指していたものだと思えます(ただ、別の要因もあったみたいですが、それは後述)。
さて、何故このサイト、いきなり出てきてこんな宣伝をする余裕があったのか。それは当時ITバブルの中心にあったとも言える企業、光通信がこのジェイサイドの出資会社だったからみたいなのですよね。つまり、株価が異常に上がっていた光通信がその余力でこのようなコミュニティサイトを作ったということでしょう。その開設は1999年6月でした。
さて、Jside.comの中身ですが、コミュニティサイトとはいえ、どっちかというとYahoo!のようなポータルサイトをコミュニティコンテンツに特化した形という感じだったと思えます。ですのでmixiとかとはちょっと違ったような。とりあえず以下に当時の記事を見つけました。
■第6回:携帯電話と連動したオンラインコミュニティの提供サービス(INTERNET Watch)
ただ、酷いことを言ってしまえば、独自性のあるサービスが見あたらないで、ほとんどがYahooとかのほうで事足りてしまうものだったとも言えます。
あと、以下は当時の2chの書き込みですが、問題点などが書かれています(信憑性は各自でご判断ください)。その中にはこんなものも。
■Jside.comって再建可能なの?
しかし、ここだけではなく、個人情報の収集を目的としてサービスを提供している企業というのはこの時代多く存在しました(今もあるが)。
ちなみに個人情報保護法の施行は、これより3年先の2003年5月23日ということも付け加えておきます。
しかし2000年3月、親会社の光通信の株価が暴落、「光通信ショック」が発生します。その結果、20日連続ストップ安という記録になり、ITバブル崩壊の序曲となります。そしてその影響はJside.comにもやってきます。
■光通信 (企業) - Wikipedia
この時点で、独自の特徴が打ち出せていなかったJside.comは、この事業整理の対象となり、2001年2月、ジェイサイド・ドットコムは精算され、事業は株式会社エムステーション・ドットコムに売却されます。
■巨泉CMのジェイサイドが清算へ 「Jside.com」は他社が引継ぐ
売却先の株式会社エムステーション・ドットコムという会社は韓国の会社で、「ポイントキャッシュバックを売りにしたサイト「エムスタ」を運営していました(エムスタの話もまあ機会があったら)。
■「Jside」の受け皿となった「エムスタ」が事業方針を発表
しかし、ここでもJside.com事業が立ちゆくことはなく、2005年3月、株式会社イメージファクトリーへ引き継がれます。
■highbiscus:Jside.comがJenkaにリニューアル ※リンク切れ
そしてここで大幅リニューアルが行われ、Jside.comはJenka.comとなり、2005年8月、正式オープンします。このJenka.comというのは、アバターチャット、ブログ、コミュニティの作成などのサービスを提供していたサイトで、キャッチフレーズは、「夢を持つ『オトナのため』のアバターコミュニティーサイト」だったとのこと。そのアバターのデザインは江川達也がしていたようです。
■参考:Jenka.com - Wikipedia
でも、今になって思うのは、ちゃんと江川達也は仕事をしていたのか?ということです。だってこの当時からマンガの手抜きがとんでもないことになっていたし。そもそもアバター向きのキャラかどうかってところもありますし。まあどうでもいいことですが。
しかし、この当時にはすでにmixiなどソーシャルネットが圧倒的な人気を誇っていたのもあり、この手の旧来型のコミュニティサイトは苦戦を強いられるものが多かったように思います。そしてこのサイトも奮わなかったのか、2007年3月31日、「事業継続が困難」との理由によりサービス終了。このJside.comの系譜に終止符が打たれました。
とはいってもネットの実績的に、何を残したかと言えば、結局大橋巨泉のCMを超えることはなかったわけですが。
だけど、このようなサイト設立、そして閉鎖の歴史は、インターネット上では何度も繰り返されてきたことなのですよね。
■10年後の8月にも僕らはあのサイトを覚えているだろうか? 悲しくも閉鎖・終了しちゃうウェブサービスを集めてみたよ2008夏のおわり:MarkeZine(マーケジン)
成功の影にはいくつもの失敗あり。おそらくこの歴史はこれからも新しい形で繰り返されてゆくのでしょう。
★追記
続きがあります。
■jside.comのドメインはそれからどうなったか : Timesteps
それはともかく、この時期はインターネットの発展の可能性が見えてきた時期で、IT革命とかITバブルなんて言葉が多くの人はその実態もわからず使われ始めた時期でもあります。「インパク」の発案がされたのもこの時期でしたね(開催は2000年末から1年間)。
さて、そんな時期にとあるネットサービスが話題となります。その名は「Jside.com」というサイト。

DSCF3534.JPG / uemu
大橋巨泉のCMで話題に
さて、このサービスを行っていたのはジェイサイドという企業ですが、どんなことをしていたかは知らないけど、名前だけは知っている人はそれなりにいるのではないでしょうか。それは、このサイトのCMがテレビでかなり流れていたこと。そしてそのCMに出ていたのが、1980代の人気司会者でありながら、セミリタイアしてほとんどテレビ出演しなくなっていた大橋巨泉だったから。たしか2~3種類のCMがあったと思います。
※2016/1/16追記
YouTubeを見てみたら、そのうちの一種類がありました。
■jside.com CM(2000) - YouTube
ちなみにこのサイトは、コミュニティサイト。つまりユーザーをそこに参加させて、主としてコミュニティ系のコンテンツを使わせるという感じのサイトですね。当時、インターネットで利益を出すためには、自社をポータルサイトとして有力な位置に据えて、そこから広告料やらコンテンツ使用量やらをとるということが提案されていました(例としてYahoo!等)。
そしてこのJside.comも、同じようなビジネスモデルを目指していたものだと思えます(ただ、別の要因もあったみたいですが、それは後述)。
さて、何故このサイト、いきなり出てきてこんな宣伝をする余裕があったのか。それは当時ITバブルの中心にあったとも言える企業、光通信がこのジェイサイドの出資会社だったからみたいなのですよね。つまり、株価が異常に上がっていた光通信がその余力でこのようなコミュニティサイトを作ったということでしょう。その開設は1999年6月でした。
Jside.comの中身
さて、Jside.comの中身ですが、コミュニティサイトとはいえ、どっちかというとYahoo!のようなポータルサイトをコミュニティコンテンツに特化した形という感じだったと思えます。ですのでmixiとかとはちょっと違ったような。とりあえず以下に当時の記事を見つけました。
■第6回:携帯電話と連動したオンラインコミュニティの提供サービス(INTERNET Watch)
ただ、酷いことを言ってしまえば、独自性のあるサービスが見あたらないで、ほとんどがYahooとかのほうで事足りてしまうものだったとも言えます。
あと、以下は当時の2chの書き込みですが、問題点などが書かれています(信憑性は各自でご判断ください)。その中にはこんなものも。
■Jside.comって再建可能なの?
3 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2000/05/20(土) 06:30 ネタバラシちゃ駄目だけど、、、、j-sideは無料でサイトを提供するとは言っても、最初の設立時からユーザーの個人情報を商売にする前提で、会社の設立をしているから(J-side.comのホームページを良く読めば書いてある)ユーザーの属性などデーターとして整理し易いサイトの運営をしているのであって、ユーザーの使い易い環境・条件を整備すると言う視点が無いのよ。
しかし、ここだけではなく、個人情報の収集を目的としてサービスを提供している企業というのはこの時代多く存在しました(今もあるが)。
ちなみに個人情報保護法の施行は、これより3年先の2003年5月23日ということも付け加えておきます。
光通信の株価暴落とJside.comの売却
しかし2000年3月、親会社の光通信の株価が暴落、「光通信ショック」が発生します。その結果、20日連続ストップ安という記録になり、ITバブル崩壊の序曲となります。そしてその影響はJside.comにもやってきます。
■光通信 (企業) - Wikipedia
この時点で、独自の特徴が打ち出せていなかったJside.comは、この事業整理の対象となり、2001年2月、ジェイサイド・ドットコムは精算され、事業は株式会社エムステーション・ドットコムに売却されます。
■巨泉CMのジェイサイドが清算へ 「Jside.com」は他社が引継ぐ
Jside.comからJenka.comに
売却先の株式会社エムステーション・ドットコムという会社は韓国の会社で、「ポイントキャッシュバックを売りにしたサイト「エムスタ」を運営していました(エムスタの話もまあ機会があったら)。
■「Jside」の受け皿となった「エムスタ」が事業方針を発表
しかし、ここでもJside.com事業が立ちゆくことはなく、2005年3月、株式会社イメージファクトリーへ引き継がれます。
■highbiscus:Jside.comがJenkaにリニューアル ※リンク切れ
そしてここで大幅リニューアルが行われ、Jside.comはJenka.comとなり、2005年8月、正式オープンします。このJenka.comというのは、アバターチャット、ブログ、コミュニティの作成などのサービスを提供していたサイトで、キャッチフレーズは、「夢を持つ『オトナのため』のアバターコミュニティーサイト」だったとのこと。そのアバターのデザインは江川達也がしていたようです。
■参考:Jenka.com - Wikipedia
でも、今になって思うのは、ちゃんと江川達也は仕事をしていたのか?ということです。だってこの当時からマンガの手抜きがとんでもないことになっていたし。そもそもアバター向きのキャラかどうかってところもありますし。まあどうでもいいことですが。
そして消滅
しかし、この当時にはすでにmixiなどソーシャルネットが圧倒的な人気を誇っていたのもあり、この手の旧来型のコミュニティサイトは苦戦を強いられるものが多かったように思います。そしてこのサイトも奮わなかったのか、2007年3月31日、「事業継続が困難」との理由によりサービス終了。このJside.comの系譜に終止符が打たれました。
とはいってもネットの実績的に、何を残したかと言えば、結局大橋巨泉のCMを超えることはなかったわけですが。
歴史は繰り返す
だけど、このようなサイト設立、そして閉鎖の歴史は、インターネット上では何度も繰り返されてきたことなのですよね。
■10年後の8月にも僕らはあのサイトを覚えているだろうか? 悲しくも閉鎖・終了しちゃうウェブサービスを集めてみたよ2008夏のおわり:MarkeZine(マーケジン)
成功の影にはいくつもの失敗あり。おそらくこの歴史はこれからも新しい形で繰り返されてゆくのでしょう。
★追記
続きがあります。
■jside.comのドメインはそれからどうなったか : Timesteps