ここ最近の報道において、「報道被害」という言葉がクローズアップされることが多くなりました。その発端はアルジェリア人質事件における実名公表の拒否の一件からでしょう。

「実名報道」と「報道被害」…アルジェリア人質事件で表面化(ニュースカフェ) - エキサイトニュース
※2014/12/25追記:時間が経っているので一応補足。2013年にアルジェリアで起きた人質事件において、人質となった日本人社員の実名を報道するか否かで企業やマスコミの間で一騒動あった件です。

しかしながら、報道被害というものは何もここ最近のものではありません。いや、戦後、メディアというものが発達してから(或いはそれ以前から)ずっとあり続けた問題です。しかし、それらは何故か多くの場合表だって出てくることはありませんでした。その理由は後ほどお話しいたします。

ということで、今日はその存在のごくごく一部について、書いてみようと思います。
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Nachrichten_muc | Pixabay


三億円事件の冤罪



昭和のテレビ / mxmstryo


昭和の大犯罪として有名な『三億円事件』。しかし、事件のことを知っている人は多くても、ここで報道被害が生じていたことをご存じの方は少ないのではないでしょうか。

1968年12月10日、三億円事件が発生しますが、捜査は難航。しかし約1年後の1969年12月12日、毎日新聞が府中市の運転手を犯人視する記事を掲載。そうするとまだ被疑者を絞り切れていなかった警察は逃亡を恐れるために別件逮捕。すると各新聞がその事実を実名報道として伝えます。

以下は日弁連の当時の声明。

日本弁護士連合会│Japan Federation of Bar Associations:3億円事件別件逮捕に対する声明

しかし、運転手は完全なアリバイがあり釈放。しかしその後もメディアは実名報道どころか個人情報までも細かく掲載を行い、運転手を犯人扱いします。
その結果(これもメディアによるルポなどの報道がソースなのですが)、その後も犯人という視線を直接は言わずともメディアや第三者から投げかけれて、一家が離散したと言われています。そして週刊新潮の記事によりますと、2008年に自殺されたとのこと。

■参考:三億円事件 - Wikipedia


松本サリン事件の河野義之さん


SHURE SM58
SHURE SM58 / Laineema


おそらく、近年の冤罪被害者としては一番有名な存在となってしまったのが河野さんかもしれません。

1994年6月27日、長野県松本市において松本サリン事件が起きます。今でこそ、後に続く一連のオウム真理教事件の仕業として有名になっていますが。当時は近くに住んでいて、且つ自分の妻も犠牲になった河野義之さんが各種メディアから犯人扱いされるという、報道被害が生じました。

そうなった理由の一つは、長野県警が解決を急ぐあまり、農薬を持っていただけの河野さんの家宅捜査及び執拗な事情聴取をしたこと、そしてそれを受けてのリークで、新聞各紙、とりわけ信濃毎日新聞が河野さんを犯人と見立てるような報道を展開したことがあります。最悪なケースとしては『週刊新潮』が、河野さんの家系図を「毒ガス事件発生源の怪奇家系図」として載せたことが挙げられるでしょう。ちなみに当時、本当に知識があるか怪しい人がテレビで「農薬からサリンが作れる」と発言していた記憶があります。

ここには、このような事件の情報収集が、警察(記者クラブ)頼りという、メディアの弱点や依存体質をも浮き彫りにすることとなりました。

ただ、一応補足しておくと、全部のマスコミがオウム事件の発覚まで攻撃していたかというと、そうでもありません。少数派ではあったものの、一部のメディアは中立的立場で、犯人視に疑問を呈していました。たとえば先日うちのビデオを整理しているとき、偶然当時(1995年2月、地下鉄サリンの直前)における事件報道番組を発見し、見ていたのですが(たぶん日本テレビ)、そこで出てきた河野さんの取材は、犯人と決めつけず、本人に取材して私の見る限りは中立的な取材をしていました。また、地下鉄サリン前に発行された本でも、犯人扱いに疑いを持っているものもありました。しかしメインは前述のように、やはり報道被害を与えるようなものが大半だったと記憶しています。


そしてご存じの通り地下鉄サリン事件を経て日本最大級の冤罪が発覚します。しかしこの件について当時の国家公安委員長の野中氏は謝罪に訪れたものの、長野県警、そしてマスコミ各社の謝罪はほぼないに等しいものでした(ただし、記者個人としての謝罪の手紙などは多数届いたとのこと)。


松本サリン事件(無限回廊)
■参考:松本サリン事件 - Wikipedia

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夏目雅子さんの報道被害

 
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小説家、山田風太郎氏は、昭和までの歴史上のあらゆる人間の臨終の場面がどのようであったかというシーンをドキュメンタリーとして描写した『人間臨終図巻』というものが出ています。発刊行が1986年とやや古めの本ですが、それまでの人間の様々な臨終の姿を書いたものとして、歴史的な読み物好きにもかなり興味が持てるものです。ただ、山田風太郎氏が著名な小説家ですので、完全史料というよりは、読み物表現が若干混じっていますが、それを踏まえて読めば非常におもしろいし、参考となります。

人間臨終図巻1<新装版> (徳間文庫) 人間臨終図巻2<新装版> (徳間文庫) 人間臨終図巻3<新装版> (徳間文庫) 人間臨終図巻4<新装版> (徳間文庫)


そしてそこでも、報道被害として読み取れるところがあります。それは昭和の大スター、夏目雅子さん。彼女の人気は当時にしてみればそれこそ単独といっていいほどのトップ女優で、その人気度合いを現代で対象を比較しようとしても誰かを持ってくるのが難しいくらいかもしれません。

しかし、彼女は20代後半という年齢にして、白血病にかかってしまい、そのまま27歳で若くしてなくなってしまいます。1985年のことで私にはさすがに記憶に残る年齢ではありませんでしたが、当時としてはとんでもない大ニュースとなっていたようです。

しかし、彼女も報道被害に悩まされていた面があったことが、『人間臨終図巻』より窺えます。しかもそれはよく芸能人にあるような芸能活動中のものではなく、入院し、そして亡くなるまでの時に。

ここについては、一番それが伝わるように、そのまま引用させていただくことにします。

病状もいちどは回復に向い、一時は病院の廊下や屋上を散歩することもあったが、トクダネ写真をとろうとして白衣を着て医者に化けたカメラマンが潜入してくるに及んで、病室の中にとじこめられ、彼女についてどんなことが報道されるかわからないのでテレビや雑誌も禁じられた。

やがて病状は八月ごろから悪化し、九月九日未明から危篤状態におちいり、十一日肺炎をひき起し、午前十時十六分に息をひきとった。満でいえば花の二十七歳。

彼女の棺が帰ってきたとき、自宅前におしかけている報道陣に、それまでずっと彼らに悩まされつづけていた彼女の母親は、「これであんたたちの思い通りになったんでしょう」とさけんだ。

山田風太郎『人間臨終図巻 Ⅰ』(徳間文庫)P66より


人間臨終図鑑にはやや小説的書き口も見られるので、全部が本当とは言いませんが、他でも調べた限りやはり入院中も報道の目が光っていたことは事実のようです。はたしてそれは病人にとってどれほどの負担だったのか、そしてそれは「有名人だから」「芸能人だから」ということで報道が免罪符を与えられるのか、しっかり考えなければならないでしょう。

余談ですが、『人間臨終図巻』は享年毎に人物が並んでいますが、その隣の項目には、悲運のマラソンランナー、円谷幸吉の項目があります。こちらも広い意味では報道被害の側面がなかったとは言えないと思えます。


香川・坂出3人殺害事件における報道被害



TV - Daniel / nist6ss


2007年11月16日、香川県坂出市で、祖母と孫3人が行方不明になる事件が起きます。その事件はニュースで報道され、その孫2人の親もインタビューに答えることになります。しかし、状況から次第にその親、とりわけ父親が怪しいという風潮が、直接は言わないまでもメディアにおけるコメンテーターの言動や雑誌記事より存在しました。これは前年に起きた秋田児童連続殺害事件と状況が似ていたこともあるでしょう。

みのもんた謝罪なし「朝ズバッ」でアノ人に疑惑の目  ZAKZAK(2007/11/27)

しかしここではメディアだけではなく、もうすでに普及してたネット、とりわけ2ちゃんねるなどの掲示板でもこの父親が怪しい、犯人だという風潮が、実名入りで何度も書き込まれました。これは、その父親の名前が有名人と同姓同名だったということが、ネタとしての加速度を与えてしまった面もあるでしょう。

しかし、、11月27日夜に死体遺棄容疑で逮捕されたのは、祖母の妹婿であり、父親ではありませんでした。そして供述通りその後遺体発見。捜査でも単独犯とされます。したがって、結果として娘や母親を殺害された人を、犯人とみなして攻撃していた、ということになります。

その後、ネットでも同じように犯人逮捕前で怪しいと思う人物の名前が報道された時には、この事件の時のこと(名前についた通称)を思い出せと書き込む人が多少出てくることとなりました。

この事件は、今までのようにマスメディアが報道被害を拡散したのみならず、ネットによっても憶測で報道被害と同じ現象を招いた事件として、また同時にこれからも起こりうる問題として心に留めておくべきでしょう。

死体遺棄で義弟を逮捕/坂出市の3人不明事件—四国新聞社(アーカイブ)
■参考:香川・坂出3人殺害事件 - Wikipedia


1990年代初頭のオタクバッシング



古本屋にて (at the used book store) / hokkey


1988年から1989年にかけて東京・埼玉において幼女4人が殺害されるという事件が起こり、世間を震撼させます。その結果逮捕された人物Mがオタク趣味の持ち主ということがメディアによってクローズアップあれ、その結果、オタクという存在に偏見の目が向けられて、攻撃されることになります。

ちなみにこの問題が語られる時に、コミケに来た芸能リポーターが「ここに10万人の宮崎勤がいます」と語ったと言う話が出てくるのですが、どうもそれ自体はかなりいろいろ混ざり込んで伝わっているようです。
しかし、当時のメディアの論調としては同じようなものだったと記憶しています。

当然ながら、犯人において趣味があったとしても、全ての趣味を持つ人に犯罪傾向があるわけはありません。そんなことになれば犯罪はもっと日常的に行われているでしょう。しかしメディアの論調は「犯人がそれを持っていたから」ということでオタク規制論調に向かい、とりわけエロ、グロ系のものが規制の的となり、各種条例などが制定されます。コミックに関しては以下を。

1990年代の有害コミック運動はそれからどうなったのか : Timesteps

にもかかわらず残念ながら、事件ごとのメディアによる印象操作も、そして科学的根拠ではなく感情優先で根拠無く法律で規制しようとする動きも現在進行形で行われているというのは認識すべきと思われます。

また、事件に立ち返ると、ここでもやはり被害者家族に対しての報道被害があったのか、非常に気になるところです。尚、犯人の家庭環境についてもいろいろ報道され、父親は裁判中に自殺しています。

■参考:宮崎勤事件当時の報道(朝日新聞編) - 黒屋堂
■参考:読売新聞の宮崎勤事件に関する捏造事件 - Wikipedia


※2014/12/24追記
そして最近、秋葉原連続殺傷事件の犯人である男の弟も、自殺しているという記事を読みました。

独占スクープ!「秋葉原連続通り魔事件」そして犯人(加藤智大被告)の弟は自殺した 兄は人殺し、その家族として生きていくことは苦痛そのものだった……  | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]

いろいろな面で考えさせられるところがあります。


その他報道被害


悲しいことに、報道被害と言われるものは他にも数多く存在します。とても書ききれないのですが、思いついたところで以下に羅列をしてゆき、参考リンクがあればそこも載せておきます。

厚生労働省村木厚子さん冤罪事件


証拠捏造という前代未聞の行為で起きた冤罪事件。ここでも逮捕当時の論調は、エリート官僚の不祥事として厚生労働省が非難されていた記憶があり、それは無罪確定、証拠改竄発覚まで(目立っては出てこないものの)続きます。

大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件 - Wikipedia


スマイリーキクチさん中傷被害


報道ではなく、ネット被害なのですが、ネットの情報伝播力が報道のように大きくなってくるとしたら、同じように起こりうる問題なので。

スマイリーキクチ中傷被害事件 - Wikipedia

突然、僕は殺人犯にされた  ~ネット中傷被害を受けた10年間


附属池田小事件後における精神障害者広範への報道被害


児童が多数死傷となった附属池田小でも、精神障害者全体への問題とするようなものがあったとされます。

■参考:大阪・池田小学校児童殺傷事件の報道被害に関する調査結果について



発覚しているものはごく少数と思われる


ここで書いたものはごく一部です。本来はもっと書きたいところなのですが、書ききれません。いや、それより出来ない事情があります。というのは報道被害の情報というものが、ほとんど出てこないことにあります。

報道被害の加害者は、主に報道です。しかし、ニュースのソースというのを握っているのもまた報道です。となると、自分の失敗を認める記事を出したくない報道は、そのこと自体をなかったことにしてしまうというケースが非常に多いのですよね。ある意味、河野さんにせよ、最近だとウイルス冤罪の5人にせよ、冤罪という形で間違いが大きく広まる要因になったからこそ、報道被害も発覚したと言えるでしょう。もちろんそれでも十分ではないのは、今までの報道被害の歴史を見ても明らかですが(ちなみに自分は誤報が起きてもその記事を消すのではなく、誤報と訂正文を両方載せるのが最善だと思っています)。

最近、アルジェリアなど報道での実名公表の賛否が話題になっています。報道は一斉に実名公表をすべきだ、それは悲しみを分かち合うため、ということが言われています。

しかし、私としてはこのような歴史を見る限り、どうしても実名公表を無条件に許すことは悪い方向性に向かうとしか思えないのです。そこをしっかり認識して、報道被害の起きない仕組みを試みてもらわないと、やはり実名の公表には否定的にならざるを得ません。

私としては、このような報道被害を防ぐためには、やはり訂正のための目というものをネットなどにおいて多数置くことが必要と思われます。これは報道のみならずネットで最近発生しているデマによる被害を防ぐためにも。そしてそれは単一の人や単一の組織ではなく複数人が行うべきとも思います。なぜなら、間違えない人は絶対いないので。そして同時に、間違いを訂正して謝罪するなら、そのことを評価する傾向になるとよいと思います。やっぱり訂正は間違えた本人がするのが一番効果があるので。ただ、できる事ならメディア自らこのような訂正をし、報道被害やデマを防止するということをやってほしいのですけどね、



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その他参考

報道被害 - Wikipedia
なぜ報道被害は無くならないのか - http://www.jimbo.tv/
「実名報道」と「報道被害」…アルジェリア人質事件で表面化(ニュースカフェ) - エキサイトニュース
グアム無差別殺傷事件、心から皆さまにお願い アメリカ/グアム特派員ブログ | 地球の歩き方

GoHoo | マスコミ誤報検証・報道被害救済サイト
  ……報道検証をしているサイト。
冤罪(誤判)防止コム
  ……冤罪問題についての情報を集めているサイト。