2010年はNHK朝の連続ドラマで武良布枝さん原作の『ゲゲゲの女房』が放映され、夫である有名マンガ家である水木しげる先生との生活を妻の立場から見たおもしろさが話題を集めました。

さて、水木しげる先生といえば『ゲゲゲの鬼太郎』『悪魔くん』などのマンガで有名ですが、それ以前は紙芝居作家や貸本マンガの作家をしていたことも有名です。その水木先生がマンガ雑誌でデビューしたのは1964年に創刊された『ガロ』という雑誌。

水木先生の方はドラマである程度ご存じの方も多いと思いますので、今回はその『ガロ』について書いてゆこうと思います。

Shiogama City Children's Center エスプ塩竈24f / scarletgreen



『ガロ』1964年に創刊


マンガは戦後しばらくは貸本屋による貸本マンガが主流でしたが、日本が高度成長期に移ってゆくと、1959年に少年マガジン&少年サンデーが創刊されるなど、新しいマンガ雑誌がいろいろと誕生してきました。

そんな中、1961年に長井勝一氏によって設立された出版社、青林堂は、当初は貸本マンガを手がけておりましたが、1964年(昭和39年)、マンガ雑誌『ガロ』を創刊します(余談ですが、『ゲゲゲの女房』では村上弘明が演じた深沢洋一という編集者が長井氏がモデルです)。
この雑誌が創刊された大きな目的は、貸本時代から『サスケ』などのマンガで人気があった白土三平先生の大長編マンガ『カムイ伝』を連載する場を作るためだったと言われています。

そして創刊に当たっては、当時やや陰りが見え始めていた貸本においてマンガを書いていた作家が起用されました。その一人が水木しげる先生であり、実質的なマンガ雑誌デビューとなりました(ちなみに水木先生は1961年には武良布枝さんと結婚されており、長女も生まれ、困窮の中で手に入れた雑誌デビューでした)。まあそちらのほうはドラマとかでご存じの方も多いでしょうし、『ゲゲゲの女房』のほうでどうぞ。

ゲゲゲの女房


『ガロ』の人気拡大


『ガロ』は創刊されると、『カムイ伝』や水木マンガをはじめとして、主に学生に支持を拡大してゆきます。当時はまだマンガは子供の読むものというイメージが強かったようですが、この頃から『ビックコミック』『ヤングコミック』といった大人向けのマンガ誌も創刊されてゆき、ガロも子供向けととらわれない作風のものが多く掲載されます。

『ガロ』は長井編集長の方針で作者の意思を強く尊重したものを掲載したことにより、それまでにはあまりなかったような作風のものも多く集まるようになります。とりわけ当時は全共闘の時代であったため、そのような世相を反映したものも人気を集めました。
ちなみに青林堂は材木屋の二階にあったのは一部で有名な話ですが、そこに学生運動をしている学生が出入りして、ヘルメットが置いてあった、なんて逸話もあるとか。

この時代の掲載陣で、白土三平先生、水木しげる先生の他に特に有名なのは、「医者はどこだ」の『ねじ式』、映画化もされた『無能の人』などで有名なつげ義春先生がいます。

ねじ式 (小学館文庫)

ほかにも現在も活躍するマンガ家(池上遼一、滝田ゆう、林静一などの先生)を輩出しました。
そして人気は高まり、1960年代半ばには約8万部が発行されていたということです。


『ガロ』のライバル誌、『COM』


そしてもうひとつ、『ガロ』と同時期に創刊され、マンガ史によくライバルとして比較される雑誌があります。それが手塚治虫先生の虫プロ商事から発行されていた『COM』という雑誌。
こちらは手塚治虫先生が新人を育成するために創刊し、手塚作品、とりわけライフワークといわれた『火の鳥』がメインに掲載されました。

火の鳥 (1) (角川文庫)

そのほかにも石ノ森章太郎先生などの作品が掲載され、またここで新人としてあだち充、諸星大二郎、西岸良平といった有名人がここから輩出されます。

しかし、1973年、虫プロ商事の倒産に伴い廃刊となってしまいました。ただし、その後ここから育ったマンガ家の活躍っぷりは言うまでもないでしょう。

■参考:COM (雑誌) - Wikipedia


原稿料がなくとも


しかし1970年代に入ると『ガロ』の部数も低迷し始めます。これは1971年に『カムイ伝』の連載が終了したのが大きいと言われています。

1970年代半ば~1980年代には、掲載されるマンガのサブカルチャー的側面からの評価はあったものの、まだそういったもののシェアは小さかったため、『ガロ』の部数も落ち込み、経営的にも危機に陥ってゆきます。買収話も出たそうですが、長井氏はそれを拒否し、青林堂の雑誌として存続し続けました。
ちなみにこの頃には有名になっていた水木先生などから株主になるなどの支援があったということです。

そしてこの時点では、雑誌掲載においてはすでに原稿料が発生しないということになっていたようです(単行本化された時に出る仕組み)。ですが、その独特の雑誌風土と自由度の高さで掲載希望の新人が現れていました。有名なのは安部慎一、内田春菊、蛭子能収、みうらじゅん、花輪和一、丸尾末広といった人々です。


青林堂、ツァイトの傘下に


1990年になると、長年発行人を務めていたカリスマ編集者の長井氏が一線から引く準備をし、同年、青林堂からPCソフト開発会社のツァイトに経営が譲渡され、ツァイト社長の山中潤氏が青林堂社長に就任します。そして1992年、長井氏が編集・発行人を退き会長に就任し、山中氏が編集長となりました。
その後、『南くんの恋人』のドラマヒットなどもあり経営は上向きに転じ、その他タイアップなども行われました。原稿料も一時期は多少出ていたようです。

ちなみに1993年には、当時『SPA!』で連載され人気を集めていた小林よしのり氏の『ゴーマニズム宣言』において、掲載が見送られた回(『カバ焼きの日』)を小林氏自らが持ち込んで掲載されたという変わった出来事がありました。
 

長井氏の死去とガロ分裂


しかし長井勝一氏は日本漫画家協会賞選考委員特別賞を受賞した翌年の1996年、お亡くなりになります。

その後インターネットとコミックの融合雑誌『デジタルガロ』を創刊するものの、部数が伸びずに赤字となります。ある意味電子書籍の先駆けと言えなくもないですが、いずれにせよ時が早すぎたのでしょう。

その後編集方針における内部対立が発生、編集者が青林堂から離脱します。そして新たに「青林工藝舎」を立ち上げます。
そしてほとんどの作家陣はそちらのほうに移籍してしまいました。これは出版社のお家騒動と呼ばれるものではよくあるもので、だいたいの場合は作家と直接のつきあいがある編集者の側についてゆくことが多いためと思われます(古くはメディアワークス、マッグガーデンなど)。
そして青林工藝舎は新たに『アックス』を創刊。多くのガロの連載陣はこちらで発表を行い、現在も刊行されています。

アックス 第78号

残された青林堂の方は刊行が不可能となり、1997年に『ガロ』休刊。同時期にツァイトは倒産し、1997年の8月号で休刊となります。その後1998年に1月号から復刊しますがまたも9月で休刊。
その翌々年の2000年、大和堂が『ガロ』を復刊させますが、1号で終わり、それ以降は過去収録のオンデマンド版が出てはいるものの、実質休刊状態のままです。
あと青林堂と青林工藝舎の間で名誉毀損の損害賠償請求があったそうですが、和解で終わっているとのこと(詳細は不明)。

ちなみにこのあたりの経緯については、近年Twitterなどで山中氏等の関係者の方々が語っておられます。そこには今まで言われていたようなところと違う部分なども当事者の立場から語られているので、一読されるのをおすすめします(しかし数年間わからなかったことがいきなり伝わってくるとは、便利な時代になったなあと感じますな)。

原田高夕己 漫画のヨタ話:山中潤氏の語る「ガロ」 - livedoor Blog(ブログ)
Togetter - 「漫画誌「ガロ」の創刊者 長井勝一さんについてのツイートまとめ 途中」
Togetter - 「@Juns_JP 誤解と憶測を終焉に導き、ガロの歴史を多角的に語るためのツイートまとめ」


現在の『ガロ』


そして現在は前述のように『アックス』が事実上ガロの路線を受け継いでいる感じでしょう。もっとも分離から10年以上経ち、100号を突破したため当然変化はあり、アックス独自の作風がついてきていると思われますが、その路線はやはり『ガロ』の系統でしょう。

ちなみに青林堂のほうも現在存在し、書籍を出しています。ただ出版社はかつてのものとは全く別路線となっています。
『ガロ』も一時期iPhoneアプリとして出ていました。ただし内容はかつてのものとは全く違うと考えてよいでしょう。そのアプリも今では出されていない模様。

「ガロ」がiPad用電子書籍で復活 「ガロ Ver2.0」 - ITmedia News

総じて、現在の青林堂と『ガロ』の系統は全く関係なく、その路線は青林工藝社のほうに受継がれていると言ってよいでしょう。

あと、平成10年に宮城県塩竈市に『ガロ』編集長であった長井勝一氏関連の展示物が多数ある「長井勝一漫画美術館」が設立されていますので、興味のある方は行ってみるのもよいでしょう。


Shiogama City Children's Center エスプ塩竈22f / scarletgreen


長井勝一漫画美術館

「ガロ」編集長 (ちくま文庫)


まとめ


このように、約50年前からいろいろな軌跡を残してきた『ガロ』ですが、その系統は会社や形を変え今でも受け継がれているようです。
最近、出版不況と言われ有名雑誌の休刊が相次いでいますが、この『ガロ』のようにその文化の流れは受け継がれるものもあるのだろうと思います。



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その他参考
■参考:ガロ・クロニクル
■参考:ガロ (雑誌) - Wikipedia
■参考:こんなんみっけ - Yahoo!ブログ