「ロボトミー」というものをご存じでしょうか。それを知らなくても言葉くらいは聞いたことがあると思います。今日はそれがどういうものか、そして現在どうなったかについて書いていこうと思います。
※本日の話題は医療系のもの(手術の方法)を含み、読む方によっては多少気分が悪くなる可能性もありますのでご了承ください。
※2016年1月10日、誤字、リンク切れなど微細修正。
Lobotomy Room in Disrepair / puroticorico
まず、「ロボトミー」とは何かから。これは「精神外科」と呼ばれた医療分野で行われていた手術方法のひとつで、文字通り脳に対して外科的な手法で治療を行うものです。
脳の手術というと脳腫瘍などに対してのものを思い浮かべる方も多いでしょうが、それとは異なります。脳腫瘍などに対しての医療を行うのは「脳神経外科」と言われるもので「精神外科」とは全然異なります。そこで対象にしていた病気は精神疾患、つまり統合失調症や躁鬱病などといったものの治療です。
現在、このような精神疾患に対してはメンタルクリニックなど「心療内科」、もしくは「精神科」で行われており、それを専門にする多くの病院がありますし、大病院には必ずといっていいほど受診科があります。しかし「精神外科」というものは、まずどこの病院を探しても発見することは出来ないと思います。それは、現在では精神外科は存在せず、また「ロボトミー」も否定されているからです。
ロボトミーが始めて行われたのは第二次世界大戦が近い1935年、ポルトガルのエガス=モニスという医者により、脳の前頭葉をその他の部分から切り離す手術を行いました。その後もウォルター=フリーマンなどにより、精神疾患の患者に対してロボトミーなどの手術が行われました。そしてそれまでは治療法がなかった鬱病などの精神疾患で改善例が見られたことにより、画期的な治療法と見られ、世界各地で盛んに行われることとなります。
ロボトミーとはどういう手術方法かというと、すごくおおざっぱに言ってしまえば「脳を切り取る手術」です。
複数の手術方法があるそうですが、頭蓋骨に穴をあけ、長いメスで前頭葉を切る方法や、眼窩からアイスピックを打ち込み、神経繊維の切断を行うようなものでした。それも今みたいにMRIがあるわけではなく、ほとんどカンで切り取っていたと言われています。これにより、精神疾患の症状が見られなくなったと言います。
そして、ロボトミーの発明者でもあるエガス=モニスは、「ある種の精神病に対する前頭葉白質切截術の治療的価値に関する発見」という受賞理由で、1949年、ノーベル医学・生理学賞を受賞しました。
余談ですが、「ロボトミー」という名前は、「ロボ」というものから人間をロボットみたいにしてしまうというイメージがありますが、ロボットは”robot”であるのに対し、ロボトミーは”lobotomy”なので、関係はありません。「lobotomy」の”lobo”は中肺葉とか前頭葉とかの「葉」という意味で、”tomy”とは切断とか切除を意味するとのこと。
ただ、本当にこの手術は精神疾患に対して効果的なものであったのでしょうか。たしかにこの手術によって精神疾患の症状が改善した例はあるといわれます。しかし、脳は精神疾患の患部ではなく、そこで知覚や知性、感情といったものを司るところでもあります。故にこの方法は精神疾患だけではなく、知性や感情をなくすことで疾患を取り除くという、かなり乱暴なものだったのです。
しかも手術が行われていたのはもう50年以上前ですから、当時の脳に対する知識は今よりもかなり知られておらず、精神疾患だけを取り除いていたのではなく、人間性を喪失させていたかなり危険な方法だったのではないかと言われています。
1960年代になると、精神疾患に対して薬物療法が発展してきたのと、前述のような感情の喪失の危険性なども大きく問題になってきて、ロボトミー手術は行われなくなりました。
そして1975年、日本精神神経学会が精神外科を否定する決議を採択し、ロボトミー手術の廃止を宣言。これにより日本では事実上ロボトミー手術は行われなくなりました。
海外では不明ですが、少なくとも精神疾患の治療に対しては心療内科での薬物治療のほうが一般的だと思われます。
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ロボトミー手術が行われたのは1950年代前後が最多と言われ、日本でも3万から10万以上の人が手術を受けたと言われています。その中には手術により後遺症などの被害を受けた人も多くいると推測されています。
しかしその総数ははっきりとしていません。というのはロボトミーの失敗をしてしまうと、下手をすれば失敗と判断したり、それをどこかに訴える事も出来なくなり、下手をすれば人間的な思考でさえ出来なくなってしまうから、自分が被害者だ、という人が名乗り出てくるのが非常に難しいからです。
また、今から50年前はまだ医者に対してそういった声を上げるのが難しいという背景もあったかもしれません。
ロボトミー手術の後遺症による被害受けている人が裁判で訴えたり、問題の声が大きく出せ始めたのは実に1970年代になってからです。
当時ロボトミー手術を受けた人の様子について書かれたものがネットで会ったので参考に。
■読冊日記2000年8月下旬
ちなみにロボトミー手術を受けた患者の中にはケネディ大統領の妹であるローズマリー・ケネディがいます。が、その後(ロボトミーが直接の原因かはわかりませんが)養療施設で過ごすことになり、ロバート=ケネディ暗殺事件などと並び「ケネディ家の悲劇」の一つとされることもあります。
また、ロボトミーの発明者であるエガス=モニスはノーベル賞を受賞したと前述しましたが、これに対して手術を受けて後遺症が残った人やその家族などは、今もノーベル賞の取り消しを求めているということです。
日本ではこのロボトミーが、意外な形で広まることとなります。それはこのロボトミー手術に端を発する殺人事件、通称ロボトミー殺人事件が起きたこと。
これは1964年にロボトミー手術の一種であるチングレクトミーを受けさせられた患者が、その後後遺症による精神的意欲減退に悩まれた結果、1979年に医師を殺害しようとした結果家に押し入り、その奥さんと母親を殺害したという事件です。非常に皮肉なことに、このような殺人事件により、名前が広まることになった側面はあるでしょう。
余談ですが、ロボトミーを発明したエガス=モニスも、晩年患者に銃撃され、生涯障害を背負うことになったということです。
ちなみにこの事件の受刑者は無期懲役が確定しましたが、近年「自殺を妨げられない権利である「自死権」の確認を求めて刑務所から裁判を行いました。これは最高裁まで行き2008年、棄却されました。
■参考:ロボトミー殺人事件(無限回廊)
この「ロボトミー」というものは、数々の文化的作品の大罪にもされております。
その代表的な作品は、アメリカン・ニューシネマの代表作とも言える映画『カッコーの巣の上で』です。
これはジャック=ニコルソン演じる主人公がロボトミー手術を施されてしまうことにより、今までとは全く違った人間になってしまったシーンがあり、それが非常にショックを与えます。
また、医療マンガとして有名な手塚治虫の『ブラック=ジャック』にも精神外科の話があり、ここでは脳に超小型装置(スチモシーバー)を埋め込み、行動を制御する手術をするが、それが失敗し少年が暴走してしまうという「快楽の座」という話があります。しかし別の理由でこの話はブラックジャックを知る人の中で有名です。というのは今までこの話が単行本に収録されておらず、幻の作品となってしまっているため。故にどうしても読みたいファンは、わざわざ国会図書館などに見に行くという話です。
■参考:A級<C級<Z級 ブラックジャック 【快楽の座】
ほかにもいろいろありますが、近年書かれている物のほとんどは否定的な側面からのもののようです。
ネットを巡回していたらこのようなものがありました。
■精神外科手術の復活と子どもの未来 - 精神科医の犯罪を問う - Yahoo!ブログ
これを読むと、精神外科のようなものが「マイクロチップの埋め込み」などと形を変えて出てきているような感じです。
また、最近以下のようなニュースも。
■脳に電極を挿して意志を読み取る装置「侵襲式BMI」が、国内でもとうとう臨床研究の段階へ! (追記あり) : ギズモード・ジャパン
このように、脳に対する研究は進み、このように外科的な要素が加わるものも出てきています。たしかにメリットはあるでしょうが、そこにはロボトミーの時と同じように、未知の危険性も存在する、ということは認識すべきだと考えます。
現在、精神医学は向上し、鬱病や統合失調症といったものに対しても、薬物治療によって多くの患者が救われています。ただ、進歩する前、50年以上前にはこのようなこともあった、ということです。そして今後も注意をしなければ、似たような歴史が繰り返される可能性はないとは言い切れません。
しかしこれは医学に限りません。政治や法律など、今当たり前のように行われていることでも、未来から見ると間違っていた、とされることはきっとあるでしょう。故に人は歴史を見て学ぶ必要があるのだと考えます。
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その他参考
■X51.ORG : 前部前頭葉切截 ― ロボトミーは"悪魔の手術"か
■精神外科 - Wikipedia
■エガス・モニス - Wikipedia
■ケネディ家 - Wikipedia
※本日の話題は医療系のもの(手術の方法)を含み、読む方によっては多少気分が悪くなる可能性もありますのでご了承ください。
※2016年1月10日、誤字、リンク切れなど微細修正。
Lobotomy Room in Disrepair / puroticorico
ロボトミーとは何か
まず、「ロボトミー」とは何かから。これは「精神外科」と呼ばれた医療分野で行われていた手術方法のひとつで、文字通り脳に対して外科的な手法で治療を行うものです。
脳の手術というと脳腫瘍などに対してのものを思い浮かべる方も多いでしょうが、それとは異なります。脳腫瘍などに対しての医療を行うのは「脳神経外科」と言われるもので「精神外科」とは全然異なります。そこで対象にしていた病気は精神疾患、つまり統合失調症や躁鬱病などといったものの治療です。
現在、このような精神疾患に対してはメンタルクリニックなど「心療内科」、もしくは「精神科」で行われており、それを専門にする多くの病院がありますし、大病院には必ずといっていいほど受診科があります。しかし「精神外科」というものは、まずどこの病院を探しても発見することは出来ないと思います。それは、現在では精神外科は存在せず、また「ロボトミー」も否定されているからです。
ロボトミーが始めて行われたのは第二次世界大戦が近い1935年、ポルトガルのエガス=モニスという医者により、脳の前頭葉をその他の部分から切り離す手術を行いました。その後もウォルター=フリーマンなどにより、精神疾患の患者に対してロボトミーなどの手術が行われました。そしてそれまでは治療法がなかった鬱病などの精神疾患で改善例が見られたことにより、画期的な治療法と見られ、世界各地で盛んに行われることとなります。
ロボトミーとはどういう手術方法かというと、すごくおおざっぱに言ってしまえば「脳を切り取る手術」です。
複数の手術方法があるそうですが、頭蓋骨に穴をあけ、長いメスで前頭葉を切る方法や、眼窩からアイスピックを打ち込み、神経繊維の切断を行うようなものでした。それも今みたいにMRIがあるわけではなく、ほとんどカンで切り取っていたと言われています。これにより、精神疾患の症状が見られなくなったと言います。
そして、ロボトミーの発明者でもあるエガス=モニスは、「ある種の精神病に対する前頭葉白質切截術の治療的価値に関する発見」という受賞理由で、1949年、ノーベル医学・生理学賞を受賞しました。
余談ですが、「ロボトミー」という名前は、「ロボ」というものから人間をロボットみたいにしてしまうというイメージがありますが、ロボットは”robot”であるのに対し、ロボトミーは”lobotomy”なので、関係はありません。「lobotomy」の”lobo”は中肺葉とか前頭葉とかの「葉」という意味で、”tomy”とは切断とか切除を意味するとのこと。
ロボトミーの大きな副作用
ただ、本当にこの手術は精神疾患に対して効果的なものであったのでしょうか。たしかにこの手術によって精神疾患の症状が改善した例はあるといわれます。しかし、脳は精神疾患の患部ではなく、そこで知覚や知性、感情といったものを司るところでもあります。故にこの方法は精神疾患だけではなく、知性や感情をなくすことで疾患を取り除くという、かなり乱暴なものだったのです。
しかも手術が行われていたのはもう50年以上前ですから、当時の脳に対する知識は今よりもかなり知られておらず、精神疾患だけを取り除いていたのではなく、人間性を喪失させていたかなり危険な方法だったのではないかと言われています。
ロボトミーの衰退と禁止
1960年代になると、精神疾患に対して薬物療法が発展してきたのと、前述のような感情の喪失の危険性なども大きく問題になってきて、ロボトミー手術は行われなくなりました。
そして1975年、日本精神神経学会が精神外科を否定する決議を採択し、ロボトミー手術の廃止を宣言。これにより日本では事実上ロボトミー手術は行われなくなりました。
海外では不明ですが、少なくとも精神疾患の治療に対しては心療内科での薬物治療のほうが一般的だと思われます。
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ロボトミーの後遺症
ロボトミー手術が行われたのは1950年代前後が最多と言われ、日本でも3万から10万以上の人が手術を受けたと言われています。その中には手術により後遺症などの被害を受けた人も多くいると推測されています。
しかしその総数ははっきりとしていません。というのはロボトミーの失敗をしてしまうと、下手をすれば失敗と判断したり、それをどこかに訴える事も出来なくなり、下手をすれば人間的な思考でさえ出来なくなってしまうから、自分が被害者だ、という人が名乗り出てくるのが非常に難しいからです。
また、今から50年前はまだ医者に対してそういった声を上げるのが難しいという背景もあったかもしれません。
ロボトミー手術の後遺症による被害受けている人が裁判で訴えたり、問題の声が大きく出せ始めたのは実に1970年代になってからです。
当時ロボトミー手術を受けた人の様子について書かれたものがネットで会ったので参考に。
■読冊日記2000年8月下旬
ちなみにロボトミー手術を受けた患者の中にはケネディ大統領の妹であるローズマリー・ケネディがいます。が、その後(ロボトミーが直接の原因かはわかりませんが)養療施設で過ごすことになり、ロバート=ケネディ暗殺事件などと並び「ケネディ家の悲劇」の一つとされることもあります。
また、ロボトミーの発明者であるエガス=モニスはノーベル賞を受賞したと前述しましたが、これに対して手術を受けて後遺症が残った人やその家族などは、今もノーベル賞の取り消しを求めているということです。
ロボトミー殺人事件
日本ではこのロボトミーが、意外な形で広まることとなります。それはこのロボトミー手術に端を発する殺人事件、通称ロボトミー殺人事件が起きたこと。
これは1964年にロボトミー手術の一種であるチングレクトミーを受けさせられた患者が、その後後遺症による精神的意欲減退に悩まれた結果、1979年に医師を殺害しようとした結果家に押し入り、その奥さんと母親を殺害したという事件です。非常に皮肉なことに、このような殺人事件により、名前が広まることになった側面はあるでしょう。
余談ですが、ロボトミーを発明したエガス=モニスも、晩年患者に銃撃され、生涯障害を背負うことになったということです。
ちなみにこの事件の受刑者は無期懲役が確定しましたが、近年「自殺を妨げられない権利である「自死権」の確認を求めて刑務所から裁判を行いました。これは最高裁まで行き2008年、棄却されました。
■参考:ロボトミー殺人事件(無限回廊)
ロボトミーを扱った作品
この「ロボトミー」というものは、数々の文化的作品の大罪にもされております。
その代表的な作品は、アメリカン・ニューシネマの代表作とも言える映画『カッコーの巣の上で』です。
これはジャック=ニコルソン演じる主人公がロボトミー手術を施されてしまうことにより、今までとは全く違った人間になってしまったシーンがあり、それが非常にショックを与えます。
また、医療マンガとして有名な手塚治虫の『ブラック=ジャック』にも精神外科の話があり、ここでは脳に超小型装置(スチモシーバー)を埋め込み、行動を制御する手術をするが、それが失敗し少年が暴走してしまうという「快楽の座」という話があります。しかし別の理由でこの話はブラックジャックを知る人の中で有名です。というのは今までこの話が単行本に収録されておらず、幻の作品となってしまっているため。故にどうしても読みたいファンは、わざわざ国会図書館などに見に行くという話です。
■参考:A級<C級<Z級 ブラックジャック 【快楽の座】
ほかにもいろいろありますが、近年書かれている物のほとんどは否定的な側面からのもののようです。
精神外科復活の兆し?
ネットを巡回していたらこのようなものがありました。
■精神外科手術の復活と子どもの未来 - 精神科医の犯罪を問う - Yahoo!ブログ
これを読むと、精神外科のようなものが「マイクロチップの埋め込み」などと形を変えて出てきているような感じです。
また、最近以下のようなニュースも。
■脳に電極を挿して意志を読み取る装置「侵襲式BMI」が、国内でもとうとう臨床研究の段階へ! (追記あり) : ギズモード・ジャパン
このように、脳に対する研究は進み、このように外科的な要素が加わるものも出てきています。たしかにメリットはあるでしょうが、そこにはロボトミーの時と同じように、未知の危険性も存在する、ということは認識すべきだと考えます。
現在、精神医学は向上し、鬱病や統合失調症といったものに対しても、薬物治療によって多くの患者が救われています。ただ、進歩する前、50年以上前にはこのようなこともあった、ということです。そして今後も注意をしなければ、似たような歴史が繰り返される可能性はないとは言い切れません。
しかしこれは医学に限りません。政治や法律など、今当たり前のように行われていることでも、未来から見ると間違っていた、とされることはきっとあるでしょう。故に人は歴史を見て学ぶ必要があるのだと考えます。
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その他参考
■X51.ORG : 前部前頭葉切截 ― ロボトミーは"悪魔の手術"か
■精神外科 - Wikipedia
■エガス・モニス - Wikipedia
■ケネディ家 - Wikipedia