ネットをそれなりに利用している人なら、今年『非実在○○』という言葉をよく目にしたと思われます。
これの元になったのは、東京都が議会に提出した「東京都青少年の健全な育成に関する条例」の改正案に書かれていた「非実在青少年」という言葉からで、あまりに印象的だったので、今年はあちこちで改変して使われていました。

そしてこの条例の改正案は2010年の2月に都議会に提出されたというニュース自体も、そこからマンガ家を中心として表現者たちの大きな反対運動が起こったことを記憶されている方も多いと思われます。

これが最初に騒ぎになったのは3月のことですが、(今日は珍しく現状から言ってしまうと)この12月の議会で再提出されることになりました。そしてまた、そこでいろいろな動きが生じています。

青少年条例と児童ポルノ法改定による表現規制を考える 反対声明続々! 週明け一斉に会見・集会も
「私たち漫画家は、都青少年育成条例に断固反対します!」記者会見 生中継 - ニコニコ生放送
マンガ・アニメの危機!? 徹底検証「都青少年育成条例」 - ニコニコ生放送

今日はこの条例についての経緯、そしてこれが何故「青少年の健全な育成に関する条例」なのに大きな反対運動が起こるのか、なるべくこの問題に詳しくない人にもわかるように書いてゆこうと思います。

ちなみに長くなり全部書ききれなかったため、前編、後編に分けることにします。

※内容は2010年11月29日当時のものとなります。

Nikon D40X iso1600.JPG / midorisyu



条例提出前のこと


まず、この非実在青少年条例こと、「東京都青少年の健全な育成に関する条例」の改正案が大きく話題になったのは、今年3月初めのこと。しかし、それ以前から「東京都で表現規制を含んだ条例が検討されている」という話は、表現規制問題などに注目するブロガーなどの間で話題となっており、たびたびエントリーに出てきました。

とりわけ話題になったのは、2009年9月28日に行われた「第28期東京都青少年問題協議会」。ここで、この青少年条例について話し合われたのですが、『性同一性障害と同じく持って生まれた嗜好だという事で、子供に対する性暴力漫画を好む人達を放免とするのであれば、彼らは認知障害を起こしているという見方を主流化する必要があるのではないか。』といったものや、『漫画家団体に対して説明や調査データを示す必要も無いくらい規制は当たり前の事だ。』といった発言が飛び出し、しかもこの協議の場であるにもかかわらず、参加している人が規制を前提としていることに対して注目が集まることになります。

■参考:【表現の自由】第28期東京都青少年問題協議会【問答無用?】: 弁護士山口貴士大いに語る


2月終わりに条例改正案が提出


そして2月の終わり、この東京都青少年保護条例改正案が作成、提出されます。
その条文が発覚したのは、2月27日。とあるブログサイトにその条文が転載されたことによります。
そしてその条文を転写したものも出てきました。

番外その22:東京都青少年保護条例改正案全文の転載: 無名の一知財政策ウォッチャーの独言
The Prefectural Ordinance about young healthy upbringing (a reform bill) - 2010/2/24

それがはてなブックマークなどで広がり、ネット上でこのことが急速に拡散してゆきます。

そして、この条例が各所に問題があるものであり、且つそれがほとんど明らかにならないまま提出され、もうすぐ可決しそうという事態に、ネット上で騒ぎになり始めました。


条例改正案の問題点


わからない人から気になるのは、「何故この条例が反対されるのか」ということでしょう。
簡単に説明すると、それは主に以下の点が言われています。

まず第七条二におけるもの
第七条二
 年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの(以下「非実在青少年」という。)を相手方とする又は非実在青少年による性交又は性交類似行為に係る非実在青少年の姿態を視覚により認識することができる方法でみだりに性的対象として肯定的に描写することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を阻害し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの。

ここでは、非実在の人物が性交又は性交類似行為に係る行為に対して法の適用を定めていますが、ここが実在の青少年のそれらではなく絵まで定めるということで、表現の自由を侵す危険性があり、且つその範囲も非常に不明確であり、どこからどこまでがよいのか、そして悪いのかがその当時の担当者の主観で決められてしまう可能性があるということも指摘されます。

さらに、ほとんど公開されることなく、都民にチェックさせる時間もほとんど与えられないままに急に提出されたこの法案提出までのプロセスが問題とされました。

つまり
 ・規制する根拠が曖昧であり効果も明らかではない
 ・一般市民等の反対意見を無視した決定
 ・表現の自由に対する重大な侵害
 ・青少年だけではなく大人の思想・表現・言論・出版等の活動を制約する
 ・コンテンツ業界、クリエイターなどの表現や活動を萎縮させる
 ・国の法律に反しており、違憲の可能性が高い
 ・規制の影響が東京都では止まらない
 ・規制の範囲が曖昧であり、恣意的に規制可能
といったところの問題がこの条例の改正案に残されていたのです。


そしてマンガなどの表現規制の項目だけではありません。携帯電話においても端末等の推奨制度が第五条の二に定められています。しかしこれにおいて行政が特定の携帯電話を推奨することが問題と言われました(最悪の場合、癒着の可能性もあるので)。

さらに第十八条の八には『知事は、青少年がインターネツトを利用して自已若しくは他人の尊厳を傷つけ、違法若しくは有害な行為をし、又は犯罪若しくは被害を誘発したと認めるとき は、その保護者に対し、当該青少年について再発防止に必要な措置をとるとともに、そのインターネットの利用に関し適切に監督するよう指導又は助言をすることができる』とあるのですが、これも定義が広いものを知事が独断で判断出来し、親がどれくらいネットや携帯に触れさせるかという教育の意思を制限し、行政が介入するということが問題視されました。極論、政治系のものでも「青少年に悪影響」知事がと認めたら差し止められることになってしまう可能性があるので。

■参考:ASCII.jp:非実在青少年は、なぜ問題なのか?|ゼロから分かる東京都青少年健全育成条例改正問題
■参考:コデラノブログ4 : 「非実在青少年」だけではない、東京都青少年健全育成条例改正の問題点 - ライブドアブログ


過去の規制の歴史


さすがにそこまでにはならないだろう、と思っている人も多いかもしれませんが、残念ながらこのような規制においては前例が存在します。そしてそこのことについては私のブログでも書きました。

東京都青少年育成条例改正案における表現規制の危険性について語る - 空気を読まない中杜カズサ
20年前の有害コミック騒動で有害指定を食らった作品の実例から、範囲拡大の危険性を考えてみる(前編) - 空気を読まない中杜カズサ
20年前の有害コミック騒動で有害指定を食らった作品の実例から、範囲拡大の危険性を考えてみる(後編) - 空気を読まない中杜カズサ

そして1990年代の有害コミック問題については、このブログでも。

■参考:Timesteps : 1990年代の有害コミック運動はそれからどうなったのか

このような規制が拡大する動きは20年前、そしてその前「ハレンチ学園騒動」として下ネタのギャグマンガが規制され、その前は「悪書追放運動」としてマンガ全体が否定され、手塚治虫作品までもが焚書になったように、暴走している歴史があるのです。それが再び起きないという保証はない、と思われます。

特にこの法律における制定プロセス(協議会のことや秘密裏に行われたことなど)が、その不安を助長している面は強いと思われます。


各団体から反対の声


当時の話に戻ります。

大きく事態が変わったと思われるのは、3月7日。明治大学国際日本学科准教授の藤本由香里さんのmixi日記でこの問題がまとめられたことで、多くの人に拡散してゆきます。

しかしこの問題は、18日の都議会総務委員会で審議され、19日にその可否が問われるため、この時点でも10日程度しかないことになります。そこで反対の動きが急速に高まりました。

まず、3月7日にコンテンツ文化研究会がこの問題に関しての集会を開催。
そして、ネットメディアを中心として、この問題を採りあげるところも増えてきました。

コンテンツ文化研究会で3/7に集会がありました。: ある、古参のエロゲプログラマー(エログラマー)の戯れ言
漫画・アニメの「非実在青少年」も対象に 東京都の青少年育成条例改正案 (1/2) - ITmedia News
「非実在青少年」という概念は、アダルトっぽくないよね。:日経ビジネスオンライン


そして総務委員会での議決まで残り一週間を切ったあたりで、各団体から反対の声明があがります。

東京都青少年健全育成条例に反対、民間団体と有識者が意見表明 -INTERNET Watch
全国同人誌即売会連絡会

3月15日、非実在青少年規制反対集会が開かれ、ちばてつやさんや永井豪さんといった著名なマンガ家が参加して反対の声明を発表しました。

「文化が滅びる」――都条例「非実在青少年」にちばてつやさん、永井豪さんら危機感 - ITmedia News

その後さらにこの反対運動は盛り上がり、反対声明が各所から出ました。

■「東京都青少年の健全な育成に関する条例の一部を改正する条例」について(日本図書館協会) ※リンク切れ
東京都の青少年健全育成条例改正案に対する意見(日本アニメーター・演出協会)(PDF)
■京都精華大学:インフォメーション:大学からのお知らせ:[報道発表]東京都青少年健全育成条例改正案に関する意見書について ※リンク切れ
■ネットビジネスイノベーション研究コンソーシアム::「東京都青少年の健全な育成に関する条例」改正に関する意見 ※リンク切れ
【楽天株式会社】会社情報

さらに各出版社や出版組合、出版労連などからも反対の声明が出され、同時にマンガ家や著名人などからも反対の声が出され、署名も作成されました。

そして、日本ペンクラブからも反対声明が出されました。

東京都青少年条例改定による表現規制強化に反対する:日本ペンクラブ


ちなみに3/19までの詳細は、以下のエントリーに非常に詳しいので一読されることをおすすめします。

■参考:「非実在青少年」問題とは何なのか、そしてどこがどのように問題なのか?まとめ - GIGAZINE


非常に微妙な都議会情勢


そして、この反対意見は各種団体から出されたではなく、個人からも議員に送られました。特に多かったのは民主党の議員の方宛だったようですが、それには理由があります。それについてはこの時点(そして現在の)都議会の議席についても語る必要があるでしょう。

2009年夏の都議会議員選挙において、民主党が大勝、それまで都議会最大であった自民党が第一党の座を譲ることになります。そして今までは石原都知事のもとでオール与党体制と言われていた都議会から民主党が抜け、自民党、公明党などの少数与党と民主党や共産党、生活者ネットワーク、自治市民93などの多数派野党となります(ただしその差は数議席)。
ちなみにこの2ヶ月後、衆議院選挙が行われ、政権が交代することとなります。

東京都議選で自公過半数割れ 民主大幅増で第1党 : J-CASTニュース
■参考:2009年東京都議会議員選挙 - Wikipedia

そして提出したのは都&都知事の石原氏ですから、自民と公明は原則賛成の立場。もし7月以前の議席ならば与党の賛成多数でそのまま可決していましたが、それが出来なくなり、野党の賛成が必要となりました。そしてそれはこの条例を本会議にかけるかどうか決める総務委員会の人数構成にも反映されていて、党議がかかる民主党が賛成した場合、そのまま本会議に送られ、決定するというような流れでした。

この条例については共産、自治市民93は反対の立場でしたが、民主党は考慮、生活者ネットワークは民主党と同調の立場。であったため、どの動向に対して民主党の議員の人に反対が寄せられることが多かった模様です。


継続審議


その結果、18日の総務委員会で民主党が「議論が十分ではない」などとして継続審議を求め、与党もそれに同調、結果、継続審議にするということが総務委員会で決定しました(共産党は反対)。

都の青少年育成条例、継続審議が決定 6月に先送り - ITmedia News
Togetter - 「18日に行われた東京都青少年健全育成条例に関する都議会総務委員会審議レポート」

3月30日本会議でも波乱はなく、継続審議が決定しました。
都議会の議案でこのような継続審議が行われたのは30年ぶりのことだったようです。



ここから(6月~現在のことについて)は後編に続きます。

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非実在条例(東京都青少年育成条例改正問題)はそれからどうなったのか【後編】 : Timesteps