『コミックガンボ』というマンガ雑誌をご存じでしょうか……と書いても、おそらくそれなりにマンガに詳しい人ではないとそれについて知っている人は少ないと思われます。ただ、数年前に都市部で通勤、通学をされていた方なら、もしかしたらこれを手にとったことがあるかもしれません。

この『コミックガンボ』というものは、ひとことで言うと無料で配布していたコミック雑誌。それもチラシとかフリーペーパーのような薄いものではなく、書店やコンビニで売っている『ビックコミック』や『ヤングマガジン』のような中とじ雑誌と同じくらいの厚さがある、しっかりとした雑誌だったのですよね。それを、無料で都市部を中心に配布していたのです。この配布しているところでもらったことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ちなみに、家を探したら一冊偶然とってありました(自分でもよくあったなあとは思いますが)。

しかし、こんな雑誌配っているの見たことない、という方のほうが多いと思われます。特に最近は皆無でしょう。その理由をこの雑誌がどうなったかを含めて今日はこの雑誌の経緯について書いていこうと思います。
コミックガンボ



コミックガンボ、創刊


『コミックガンボ』が誕生したのは2007年の1月。この頃、リクルートが発行する『R25』が成功したことで、駅などで配布するフリーペーパーが増えてきていた時期でしたが、まさかそれがコミック雑誌にも及ぶというのはなかなか考えられないことで、驚きをもって迎えられました。

発行したのは株式会社デジマという会社。ここが既存の出版社ではない、全く新しく聞く会社であることも、驚かれる要因のひとつでした。
ちなみにこの会社はベンチャーで、ベンチャーキャピタルや日本テレビ、トランスコスモスなどが出資していたようです。資本金はおよそ3億7000万円だったとのこと。

配布は毎週火曜。山手線、中央線沿線などの東京都内と近郊で手渡しで配布したり、ラックを設置しての配布を行っていました。私は池袋駅で、ホットペーパーを配るのと同じような感じで、配布員が通りがかる人みんなに配っていた感じのを見たことが何度かあります。当初の配布部数は10万部だったとのこと。

無料の週刊マンガ誌「コミック・ガンボ」創刊-都内などで配布 - アキバ経済新聞
 

コミックガンボの傾向


『コミックガンボ』はマンガとしては20~34歳のM1層をターゲットにした、いわば『ビックコミックスピリッツ』や『ビックコミックスペリオール』などのようなサラリーマン向け雑誌に属する雑誌で、連載陣も江川達也が夏目漱石の『坊ちゃん』をマンガ化したり、ビジネスマンガ、伝記マンガ、知識系マンガが多かったりと、ちょっと渋めな感じでした。ちなみに『岳人列伝』『Y氏の隣人』といったような、過去他誌で連載されていた作品を再掲するといったことも行われていました。

 『コミックガンボ』(デジマ)P80 『坊ちゃん』(江川達也)

 『コミックガンボ』(デジマ)P80 『坊ちゃん』(江川達也)

 『コミックガンボ』目次



同じ時期、同じような層向けのマンガ雑誌というのは有料の雑誌としても創刊されていました。吉本興行が出した『コミックヨシモト』、角川書店が出した『コミックチャージ』、『ナニワ金融道』の続編を掲載したあおば出版の『COMICジャンク』など。
何故かガンボといっしょにコミックチャージの創刊号も見つけたのでついでに。ちなみにこれも創刊時に池袋駅などでキャンペーンを行っていました。

 コミックチャージ


マンガ誌は特定のジャンルがある一時期に一気に創刊される時期があります(角川書店の『少年エース』も、同時期にたくさんの少年誌が生まれた時期でした)。ちょうど2007年あたりがこのサラリーマン向けマンガ雑誌のラッシュ時期だったのでしょう。

■参考:『コミックヨシモト』が中年層向け漫画誌だった理由を考えてみる - 空気を読まない中杜カズサ


無料であるコミックガンボの収益


無料である『コミックガンボ』の収益は、掲載される広告費がメインでした。しかし、そこだけではなく、他の方法での収入も模索されていました。
まずひとつが、連載した漫画の単行本販売による収入。そしてPC・モバイルサイトを開設し、新号やバックナンバーを掲載し、そこの一部から収入を得るという方法です。実際、Yahoo!コミックにコミックガンボのページも出来ていました。

■Yahoo!コミック - 作品スポットライト:コミック・ガンボ特集 ※現在リンク切れ

また、海外展開によるライセンス提供なども模索されていたようです。
ただ、このようなモデルでも「本当にコレで大丈夫か?」という声は当時から聞かれました。


コミックガンボ、号を重ねるが…


そして、数ヶ月が経過し、無料での配布マンガ誌として、だんだんとこの雑誌の知名度があがってきました。
そんな折の社長のインタビューが以下。

【コミック・ガンボ編集長インタビュー】無料マンガ雑誌創刊「普通のマンガでは誰も読んでくれない」 :ソフトバンク ビジネス+IT
国内初、漫画のフリーペーパーに挑戦 - ワークスタイル - nikkei BPnet

10月には連載分も溜まり収益の見込める単行本の発刊も予告されました。

あの世界初の週刊無料マンガ誌「コミック・ガンボ」から「ガンボコミックス」10月刊行スタート~ 全国主要書店で販売開始 ~ - ニュースリリースやプレスリリースの書き方・配信代行【@Pressアットプレス】

ただ、11月20日に、配布部数を5万部に減らし、配布場所を首都圏から全国に広げるといった方針転換を発表していました。これはあとでわかったことですが、8月にはキャピタルからの出資が止まり、この頃にはかなり経営不振に陥っていたようです。


コミックガンボ、休刊。そして発行元破産


そして12月、突如飛び込んできたのが2007年12月11日発行の第48号で休刊というニュース。

無料漫画誌「コミック・ガンボ」が休刊 - ITmedia News

間を置かず、12月12日(つまり最終配本の翌日)、いきなり事業停止。

そして新年開けて間もない2008年1月4日、株式会社デジマは1月4日に東京地方裁判所により破産の手続きを開始することになりました。負債総額はおよそ2億円とのこと。

「コミック・ガンボ」休刊の原因は広告不振、版元は負債2億円で事業停止:MarkeZine(マーケジン)


コミックガンボの裏事情


さて、マンガ誌がなくなれば、そこで書いていた人は当然そこでの仕事がなくなります。さらにいきなりの倒産で、ギャラも支払いが滞った模様。
ちなみに当時、ネットでは作家の一人、足立淳さんの発言が切実であり、注目を集めていました。

年の瀬に痛い話だ - 足立淳のブログ彼岸花・改訂版 - 楽天ブログ(Blog)
原稿は無事です。 - 足立淳のブログ彼岸花・改訂版 - 楽天ブログ(Blog)
the 債権者集会 - 足立淳のブログ彼岸花・改訂版 - 楽天ブログ(Blog)


さて、ここが倒産して以降、関係した人などの発言から、いろいろなことがわかってきました。
それはかなりの突貫工事での発刊だったこと、原稿料が「(ソープの)“入浴料”ぐらい」だったこと(目安としては15,000~30,000円くらいとのこと)、フリーの編集者のギャラはぺージあたりDVDボックスくらいと言われていたものがCDアルバムくらいになったこと等。

ギャラは“●●代”相当? 元編集が語るコミックガンボ休刊の内幕 - 日刊サイゾー

ちなみに出版社が倒産すると、原稿が回収不可能になってしまう事態が発生してしまうことがあるのですが、ここでの不幸中の幸いで原稿の回収は出来たらしく、ここで連載されていたものの一部は、その後他社から発刊されています

 人間噂八百 通販の鬼やすだ


何故、コミックガンボは失敗したか


ここで気になるのは、何故『コミックガンボ』は1年で潰えたか、ということです。
作品の質に対しては主観が入るので断言出来ませんが、無料である以上、経営に対しての影響はそこまでは大きくないと思われます(もちろん『課長島耕作』くらいの超ヒット作でもあれば違うでしょうが)。

それより大きな原因はやはり多くのところでも指摘されているように、配布のための莫大な印刷費や配布員への人件費に対して、それに見合う広告が集まらず、収益モデルがうまく機能していなかったことによるでしょう。
そもそも人件費が一番高くかかるのに、毎週人を出して配るのは、効率的にかなり悪いです。おそらくR25みたいに駅などの置き棚を狙っていたのでしょうが(本屋の無料配布はまず無理そうだし)、それが叶わなかったのかなと。

また、社長が出版業界での経験がなく、マンガ誌作りのノウハウもなかったらしく、先の原稿料の件なども含め制作過程で混迷してしまったというところもあるかもしれません(ソースが確認できないのですが、一説ではマンガではタブーと言われるネームでOKを出したあとの書き直し命令や、無断修正があったという話も)。

総じて、見通しの甘さが指摘されています。

■参考:コミック・ガンボは何を間違えたの? : 地方の印刷会社Webディレクターの日記



おそらく最初で最後の無料マンガ雑誌


結果としてこのようになってしまった最初の無料マンガ雑誌ですが、おそらくこの『コミックガンボ』が最初であり、そして最後となる可能性は高いでしょうね。というのは現在は仮に無料のマンガを見せるための試みをするにしても、不況まっただ中な雑誌出版という形態ではなく、携帯電話、iPhoneアプリ、Webなど端末が増え、そしてコストも雑誌ほどはかからない無料マンガサイトの構築という形になるでしょう。実際すでに多くの無料マンガサイトが出来ています。ライブドアでも無料でコミックが読めるサイトがありますね。

故に、紙媒体の雑誌としては最初で最後になると思われる『コミックガンボ』は、ある意味においては貴重なものだったと思うのです。まあ原稿料未払いだったりした人や債権者はいい思い出ではないかもしれませんが。


おそらくマンガに限らず、これからは場所をネット上に変えて、無料の作品が公開されるところも多くなってくるでしょう。ただ、一応作り手の末端にいる身としては、それで作り手が不条理な損害(主に未払い)を被らない体制にはなってほしいと思ったりします。