最近、外国人の労働者を受け入れるというニュースがよく流れています。これは現在の日本のおける労働者不足を外国人労働者で補うという面が強いでしょう。
この文章の執筆時のつい先日である2016年の10月25日には、介護現場などで働く外国人の受け入れ拡大につながる外国人技能実習制度の適法化法案、及び出入国管理及び難民認定法(入管法)の改正法案が衆院本会議で可決しました。これは現在の外国人技能実習制度の対象職種に新たに「介護」を加えるものです。

介護現場、外国人受け入れ拡大へ 2法案が衆院通過:朝日新聞デジタル

しかし、記事にもありますがすでに過去のニュースで「外国から介護士、そして看護師を受け入れる」というニュースを聞いたことがある方はいらっしゃるのではないでしょうか。それはフィリピンやインドネシア、ベトナムから。そのことは前述の記事にも「介護現場で働く外国人は、経済連携協定(EPA)に基づいてインドネシアなど3カ国から来日した人に限り、2008年度から受け入れてきた。」とあります。
では、その時受け入れたはずの看護師、介護士はどうなったのでしょうか。
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経済連携協定(EPA)による看護師・介護士研修生受け入れ


インドネシアやフィリピンから看護師、介護士を受け入れるというのがニュースになったのは、2008年のこと。これは日本とアジア各国が経済連携協定(EPA)を締結したことによります。EPAは締結した国の間での幅広い経済関係の強化を目指して、貿易や投資の自由化、円滑化を進めるための協定です。
日本とシンガポールとの間で2002年11月に発効したのを皮切りに、主にアジアの各国との間で結ばれてゆきます。そのうちインドネシアとは2008年7月に発効、フィリピンとは2008年12月に発効、そしてベトナムとは2009年10月に発効となります。

このEPAに基づき、日本では海外から年度毎に介護士、看護福祉士の候補者の受け入れを行ってきました。
この目的は、各行政関係機関(外務省や厚生労働省)のサイトにおいては、あくまで「看護・介護分野の労働力不足への対応として行うものではなく、相手国からの強い要望に基づき交渉した結果、経済活動の連携の強化の観点から実施するもの」とされています。
しかしながら実際は、現在の日本においての看護、介護分野の人材不足は深刻で、現在でも10万人以上が不足、そして2025年度には37万人以上が不足するという厚生労働省の調査結果が出ており、それを見越しての導入であると言われています。
また、この受け入れは国家試験に合格すると永住資格を得るわけですが、それは今現在議論されている「移民受け入れ」の試験的な要素もある、とも言われることもよくありました。

経済連携協定(EPA)/自由貿易協定(FTA) | 外務省
インドネシア、フィリピン及びベトナムからの外国人看護師・介護福祉士候補者の受入れについて |厚生労働省
介護職員の人材不足問題、最新版!2025年には全国で38万人、東京・大阪・愛知…と大都市圏で2万人以上が不足する未来は変えられない!?|みんなの介護ニュース


必須となる日本語研修


EPAによって看護師、介護士候補生の受け入れをしているのはインドネシア、フィリピン、ベトナム三カ国ですが、来日して研修を受けるためには一定の資格が必要となります。国毎に寄って異なりますが、それぞれの国の高等教育機関を卒業していることが必要で、次に訪日前に6ヶ月ないし12ヶ月の日本語研修がなされ、更に試験の通過が必要となります。
さらに訪日後にまた数ヶ月の日本語研修があり、それを終えて受け入れ施設である病院や介護施設での就労、研修となります。

つまり、各国で希望すれば誰でも、すぐに来られるというのでは全くなく、わりと高めの教育を受けた人が、さらに長期間の日本語研修をしてはじめて病院や介護施設に配属されるわけです。
そのための費用は日本も国として負担しますが、一説によると2008年から2012年までで約80億円が使われたと言われています。

EPA外国人看護師・介護福祉士受入れのあらまし | 公益社団法人 国際厚生事業団 JICWELS
……受け入れの為のパンフレット。


国家試験の合格率が低い問題


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しかし、この受け入れには一つの条件がありました。それはEPAで来日した外国人は、来日後3年経過した時に国家試験に合格しないと帰国が義務づけられている、というもの。

しかし、2009年の第一回目の看護師国家試験でのEPA受け入れ受験者の合格者数はゼロ(日本人も合わせた全体の合格者は89.9%)。その後在留期間が5年までに延長されましたが、2010年の合格率は1.2%、2011年は4%、2012年度からは10%前後となったものの、日本人の90%前後と比べてかなり低くなっています。
ちなみに2015年までの累計合格者数は154人。
また、介護福祉士のほうは、2012年の時点で全体の合格率63.9%に対してEPA枠では37.9%でしたが、2016年では全体の57.9%に対して50.9%にまで上昇しています。2016年時点で約320人程度。

介護士のほうは近年かなり上昇していますが、看護師のほうは10%台というかなり低い合格率であり、5年以上が経過しての帰国者も来日した人の10%弱発生しています。
これの原因としては、やはり日本語の修得難易度が高く、それが試験結果に影響を及ぼしていると言われています。そのため受験生に対しては日本語指導や、国家試験で難解な漢字にフリガナをつけるなどの改善が行われているようで、それが一桁から10%くらいの上昇に繋がったと見えますが、やはり抜本的解決になっているとは言い難い状況でしょう。

経済連携協定(EPA)に基づく外国人看護師候補者の看護師国家試験の結果(過去7年間)(PDF)
第28回介護福祉士国家試験結果(PDF)


帰国してしまう人が多い


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しかし、問題合格率の低さだけではありません。
EPAで来た外国人看護師、介護士は、試験に合格しても母国に帰国する例も多く、インドネシアの看護師の場合4人に1人が帰国してしまったそうです。
その理由としては母国で働きたいと思う人がかなり多いようです。日本での待遇は今でもなおそちらに人にとっては賃金面での魅力はあるようですが、やはり家族や知人がいて、慣れている母国で働くほうがいいという人が多いようです。

前述のようにEPAで来日するだけでも、その国でそれなりの水準となる教育を受けている上、看護、介護のスキルがあり、その上日本語を話せるとなると現地でも需要があるわけで、仕事に困ることがないというのも大きいでしょう(全く逆に日本から見ると、日本語と共にインドネシア語やフィリピン語やベトナム語、ひいては英語も出来て、病院に外国人患者がいても対応がしやすいというハイスペックな人になるわけで)。
もっとも、前述したような省庁のEPA方針である「受入れは、看護・介護分野の労働力不足への対応として行うものではなく、相手国からの強い要望に基づき交渉した結果、経済活動の連携の強化の観点から実施するもの」であるとするならその先の勤務地は問わないわけで、その理念から外れていないとなってしまうのですが、受け入れが労働力の確保を狙っているものであった場合、費用対効果としてはかなり悪いということになります。

また、来日して研修を受ける以前の問題として、受け入れに絶対必要となる施設が見つからないという問題もあるようです。これはただでさえ人材が不足している今の病院、介護施設などにおいて、日本語がまだ不自由な人を受け入れて教育するだけの余裕が全くない点が大きいでしょう。
ちなみに今まではトラブル防止の観点からEPAで受け入れた介護士は訪問介護事業所でしか働けない状態でしたが、やっと今年訪問介護が出来るようになる方針となりました(実際の解禁は2017年以降)。

外国人看護師問題:大胆な変革が急務 | nippon.com
「人手不足」と外国人(1) 「介護士・看護師受け入れ」はなぜ失敗したのか | 新潮社フォーサイト
外国人の訪問介護解禁へ 厚労省、深刻な人材不足で  :日本経済新聞


技能実習制度での受け入れも焼け石に水


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EPAにおける外国人看護師、介護士の受け入れは成功しているか、というと、労働力としてアテにしていた場合は失敗と言えるレベルではないでしょうか。今後に関しても試験の合格率においては介護士など上昇しているものもあり改善の余地がありますが、合格後の帰国による定着の低下においては就労場所は個人の人権にかかわる以上制約は出来ないわけで、有効な手段がほとんどないと言えます。むしろそこで制約を課したら最初から人が集まらない可能性もありますし。

さて、最初に書いたように、今回関連法案を改正し、EPAの枠だけではなく、技能実習制度の対象職種に介護を加える方向で進んでいます。
しかし外国人技能実習生に関しては、その問題が度々ニュースになっています。主には安い賃金で長時間労働を強いられているというもの。それに関する人権救済の申し立てのニュースは度々流れてきますし、数年前には日弁連が川上村の組合に対して農業実習生の労働待遇における勧告書を出したことが話題となりました(外国人実習生問題については、まとまったらそのうち書くかも)。

もし、こちらに介護の労働力を期待するとしても(とはいっても外国人技能実習生もまた開発途上国の「人づくり」に協力する目的で人材を受け入れるわけで、本来労働力確保のためのものではないはずなのですが)、そのような環境ではどれくらいの人が来るかは未知数ですし、そもそもこちらは3年の期限があるわけで定着は望めず焼け石に水でしょう。それでさえ今までが今までなので、その悪評はインターネットで世界中が情報的に繋がっている現在、既に広まってしまっており、人が集まらない可能性もあります。
それらの問題を受けて国も受け入れ先企業や団体へ監督を強化するという方向で進められているようですが、どのくらい効果があるのかは未知数です。


問題の根本はどこにあるのか


しかし、元を辿れば看護、介護分野での人材不足は、日本の人口減少によるものよりも、今の社会において職能や就労能力があってもそれに就けるだけの余裕がない、という点が大きいでしょう。例えば子どもが生まれてからも託児所の不足で働けない、親の介護の都合で働けないというようなもの。 さらに介護の場合、その賃金が労働力に見合わず、敬遠されているという現状はよく聞かれます。
人口の減少もありますが、このような個人の環境における問題がその分野への就労人数を減らしているの大きな要因と言えるでしょう。

将来的には人口が減り続ける日本で外国人労働者に頼らなければいけなくなる可能性は高いですが、それ以前に今の日本における賃金や子育てなどの社会制度等を含め、これらの労働環境を大幅に改善しなければいけないのではないでしょうか。これから来る外国人労働者だって、今のような待遇に問題のある状況であれば、母国、もしくはより言葉が通じやすい母国語や英語圏といった日本以外の国で働くようになり、労働力不足の解決にはならない可能性も高いのですから。

少なくとも労働力の改善とはならなかったEPAから得られた教訓を無駄にせず、今後の日本における外国人労働者、ひいては労働環境全体の在り方も考えるべきでしょう。


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その他参考

外国人介護士を受け入れた介護施設の約6割が「満足」と回答。経済連携協定(EPA)は介護人材不足の解決に有効な一手となる…のか!?|みんなの介護ニュース
■(archive)根本が間違っている「外国人介護士」問題 | 記事 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト
EPAにもとづく看護師・介護福祉士候補者の受け入れ制度について考える
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