『ホワイトカラーエグゼンプション』という言葉、覚えておいでの方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。この言葉が日本で聞かれ出したのは、2006年前後。そして当時はこの法案についての報じられ方の多くは、「残業代ゼロ法案」として、否定的な扱われ方をしていたので、その印象で記憶をしている方も多いかと思われます。

さて、この法案についてはその後政権交代などいろいろなことがあって立ち消え気味になっておりましたが、最近のニュースで、特区的な扱いの中で解雇及び残業代フリーの動きが検討されているというのを耳にしている方も多いと思われます。

そして2015年はじめ、厚生労働省は2015年の通常国会で「残業代ゼロ」制度を導入するため、労働基準法の改正を目指す方針というニュースが流れました

「残業代ゼロ」制度導入へ 国が法改正方針 | 日テレNEWS24

そこでここでは、かつて話題になった「ホワイトカラーエグゼンプション」や「残業代ゼロ法案」と言われた一連の動きの中身はどういうものか、そしてそれは過去にどういう経緯を辿り、今、どのような形になっているのかを、簡単にまとめてみようと思います。

※この文章は2015年1月4日に加筆修正しました。
※2017年7月26日に、このあたりであった動きについて追記しました。
New office
New office / Phillie Casablanca



『ホワイトカラーエグゼンプション』とは何なのか


まず、『ホワイトカラーエグゼンプション』というのがどういうものなのか、というところから。
これは「white collar exemption」といい、ホワイトカラー、つまりブルーカラーに対し、デスクワークなどの仕事を中心とするホワイトカラー労働者に対する制度で、アメリカやドイツなど、海外で行われている制度です。エグゼンプションとは、「免除」という意味になります。

労働においては、労働者は各国にある労働法によって保護されています。日本の場合は「労働基準法」などがそれに当たりますね。しかし、ホワイトカラーにおいて、労働法上の規制を適用免除、もしくは緩和する制度として、これが導入されている国があります。

何故労働法で守られているものを緩和、免除するのかというと、ホワイトカラーの場合、労働の価値を時間によって必ずしも計ることができず、たとえ能力の違いがあったとしても労働時間を基準として給与を算出すると、必ずしも成果の実情にあわないという問題が出て来ます。たとえば同じ仕事でもきちんと定時に全て終える人と、残業しなければ終わらない人でも、給与としては残業代の分、後者の仕事の遅い人の方が得をしてしてしまうようになっています。故にそういったことを是正して、労働時間を問わず、能力のある人にそれに応じた給与を与えられるようにする、というのがこの制度の導入の目的とされています(あとでもうちょっと詳しく書きます)。


残業代がゼロになる労働者から搾取する法案?



Tokyo Stock Exchange / Dick Thomas Johnson


日本でこの制度が提唱されたのは、2000年代半ば。経団連が提唱を行い、厚生労働省労働政策審議会労働条件分科会において導入が検討されてきました。
一気に注目を集めたのは、2006年に第1次安倍内閣において竹中平蔵氏が持論としていた労働規制緩和策を、審議会に諮問したことによります。

しかし、ここでは残業代が消滅するという側面がクローズアップされ、「残業代ゼロ法案」として広まります。
これが話題になるにつれて、実際のホワイトカラーの人を中心に反発の声が強くなってゆきます。

このホワイトカラーエグゼンプション自体突発的に下りてきて、労働者無視の経営側に都合のいい法案と見られたことが大きな要因としてあるでしょう(そう思われた要因についてはあとで書きます)。そこで野党や労働団体をはじめ、国民からも反対の声が大きくなります。その後、年収900万円以上で、企画・立案・研究・調査・分析の5業務に限って適用と厚生労働省より定義が出されましたが、結局2007年の国会提出は見送られます。

その後名称がよろしくないとのことで、当時の厚生労働大臣であった舛添要一氏(現東京都知事)が「家庭だんらん法」と言い換える方向で指示しましたが、それが名称を変えるだけで本質を隠そうとしているとさらに反発を招きます。

しかしその後、参院選での自民党敗北におけるねじれ国会と、安倍首相の退陣、そして2009年7月には政権交代もありまして、このホワイトカラーエグゼンプションも法案の議題としてはしばらく表面に上がってこなくなります。

時のことば『残業代ゼロ法案』 - ライブドアニュース
ホワイトカラー・エグゼンプション/家庭だんらん法に/厚労相、言い換え指示


メリット・デメリット(各方面からの主張)



17 / vsy


さて、ここでホワイトカラーエグゼンプションは本当に残業代ゼロ法案なのか、そんなものをどうして導入したのかというのを、軽くまとめてみます。

まず、メリット。これは経団連などよく企業の側からの主張として言われることです。
先ほども触れましたが、ホワイトカラーの仕事というのは、単純に時間でその成果を判断するのが難しく、また労働形態も様々になってきたので、今までのような労働時間での報酬方法だと実際の仕事の成果や能力と見合わなくなる、故にそれらを廃して能力のある人は時間を無駄に使わなくても多くの賃金を支払えるようにすれば、有能な人材を内外から確保でき、ひいては日本企業や経済の発展に貢献するということになります。

竹中氏が述べる雇用制度設計の柔軟化についてのコメントがありましたので、以下に。

■参考:policywatch | ポリシーウォッチ - 成長戦略で雇用制度設計を柔軟にしなくてはならない

ただ、労働者のほうから見ると、文字通り残業代という概念は撤廃されるわけですから、事実上労基法の定める週40時間ではほとんどの人が無理な仕事を押しつけられたとして、事実上のサービス残業として行わなければいけなくなる危険性が高い、という危惧がありますし、実際それを中心として狙っている側面が経営者型にあるという声も多数あります。

■関連:竹中平蔵氏が「朝まで生テレビ」で非正規雇用について熱弁 - ライブドアニュース


海外の事例



Office on 10th / moriza


では、何故海外ではこれらが導入されているのか。実は各国で行われているホワイトカラーエグゼンプションには前提条件があります。

たとえばアメリカでは、ホワイトカラーであることを定義する「一般的要件」、週当たり455ドル以上の固定給があるという「俸給要件」、それに加え、管理職、運営職、専門職ごとの「職務要件」がかなり細かく定義され、その範囲内でのみホワイトカラーエグゼンプションが認められています。

■参考:厚生労働省:諸外国のホワイトカラー労働者に係る労働時間規制の適用除外

そこにより、労働法からの除外をしても、労働者の権利を著しく損なわないようにするよう整合性がとられている、とされています。
ドイツなど欧州で導入している国でも同様で、多くはその範囲において厳密な取り決めがあり、労働者の権利を侵害しないように努めています。

先ほど、労働者からの反発を招いたと書きましたが、その要因の一つとしては、対象となる範囲が、これら先行している国のように明確にしていなかった挙げられます。
つまり本来ホワイトカラーエグゼンプションの目的から外れるような人(主に年収)にも適用がなされ、その結果として今まで労働法によって守られていた権利が剥奪され、文字通りただの残業代をゼロにして働かせる法案にするという危険性を覚えさせた面があるからです。

■参考:NEWSポストセブン|導入検討の残業代ゼロ法案 欧米とは似て非なるただ働き制度


2013年浮上した雇用規制緩和構想



車軌 / paparain


「ホワイトカラーエグゼンプション」が話題となったあと、政権交代などいろいろなことがあり、この「ホワイトカラーエグゼンプション」も影を潜めていました。しかし去年末に第二次安倍内閣が発足したことにより、今年に入ってまたこれと同じ残業代を削るという趣旨を含めたもののニュースが話題となります。

これは、東京など都市部に残業や解雇などの雇用条件を柔軟に設定できる規制緩和を限定的に適用検討するというものです。これは企業から申請を受け付け、認められたところにおいて導入するという形式のようで、特区という名前で連想しがちな、新らしい土地に建てたところ全てそうなるというわけではないようです。

ただ、これも事実上、実際はホワイトカラーエグゼンプションに繋がることになるのではないかなど、世論の反発も多く、また厚生労働省が、既存の重要法である労働基準法を踏み越える制度を作ることなどに難色を示したこともあり、秋の臨時国会における提出は見送られました。

特区で雇用規制緩和 政府検討、残業・解雇柔軟に :日本経済新聞
解雇特区?政府が検討をすすめる「雇用の流動化を促す特区」とは【争点:アベノミクス】


2015年に法律導入か


そして2015年の1月1日、その「残業代ゼロ法案」を国が法改正で導入する方針だという報道が流れました。

「残業代ゼロ」制度導入へ 国が法改正方針 | 日テレNEWS24

それによると、厚生労働省は2015年の通常国会で「残業代ゼロ」制度を導入するため、労働基準法の改正を目指す方針とのこと。そして対象となるのは高度な専門職で年収1000万円以上という大枠を示しているものの、年収の詳細と対象の職種をどこまで広げるかについては経営側や労働組合の代表者らで構成する審議会が検討中で、1月中に結論をまとめる予定だそうです。

これについては現在進行形の事案となるわけで、今後の動きに要注目でしょう。


ブラック企業問題とホワイトカラーエグゼンプション



給与明細書 / chiaki0808


さて、この「ホワイトカラーエグゼンプション」の流れはそれぞれメリットとデメリットがあるのは前述の通りですが、日本の世論、特に労働者には反対の声が非常に目立ちます。それの根本的理由としては、今の日本社会の間で労働者と経営者の信頼関係が構築されていないというところにあると思います。

最近「ブラック企業」という言葉がよく使われますが、これらは実態を見ればほとんどの場合は強制や未払いなど「労働基準法に違反している、違反企業」のことが多数なのですから、法において取り締まれなければいけないはずです。
しかしながら実態はこれが蔓延したままになっているのですから、このような法制度のもとでは、「残業時間ゼロ」などという経営者に都合のいいところばかりが使われ、事実上労働者には仕事が増えるだけでメリットがなくなるのではないか、という危惧が強いのではないでしょうか。それは新しい残業代ゼロ法案がたとえ企業に健康管理のために従業員の労働時間を把握する義務を課したり、労働時間の上限を設けても、守られないのが恒常化すれば同じことになります。

さらに2000年代に「能力主義」を謳い年俸などを導入したものの、実際に導入した企業においては、ただ賃金を削るための口実となってしまったところがあります。有名なのは2000年あたりの富士通で、能力主義を謳いつつも結局評価システムがグダグダで社員のモチベーションを下げ、人材の流出ひいては業績にまで影響を与えてしまったというものです。

ほか同じく成果主義を導入したゲーム会社では、売れることが確定している人気シリーズにばかり希望者が殺到して、売れ行きは低いかもしれないけど今後に繋がる新たなゲームが生まれなくなったという話もあります。

それらが労働規制緩和において不信を持たせている面も強いと言えます。

成果主義の崩壊


まず労働者保護の法制及びその的確な施行が必要ではないか


このように考えると、まず規制緩和よりそれの信頼を労働者に担保する労働関連法や、それが的確に行われるという信用を構築しないと、労働者の不信は消えないのではないでしょうか。

仮に無理に法を成立したとしても、結果的には労働者のモチベーションを下げることになり、ひいては有能な人材を待遇のよい企業、もしくは海外に流出させるという、本来の目的とは全くかけ離れたほうに進みかねません。それこそ成果主義を失敗させた企業のように。

そういう意味でも、まずブラック企業(違法労働企業)に対しての制度を厳しくして、信用を取り戻すところから始めないといけないのではないでしょうか。それが出来た時、「ホワイトカラーイグゼンプション」が残業代ゼロ法案ではなく、メリットのある制度として労働者含めた広い範囲で検討し始める事が出来ると考えます。

■関連:発明特許は「企業のもの」 特許庁、改正法案提出へ (1/2) - ITmedia ニュース


2017/7/26追記


今月に入り、また新たな動きがあり、連合を中心とした騒動としてニュースとなっています。それについて以下にまとめました。

「残業代ゼロ法案」(高度プロフェッショナル制度)はその後どうなっているのか : Timesteps