新しいとか若い業界と言われていたゲーム業界も、ファミリーコンピュータの発売(1983年)からは30年が経ち、大ブームを巻き起こした『スペースインベーダー』の発売(1978年)からはすでに40年近くになり、かなり成長した業界となりました。

さて、そんなふうにここ30年で広がりを見せていったゲーム。子供の頃、ファミコンやスーファミやメガドライブ、さらに若い人ならプレステやサターンで遊んだことのある人は多いと思われます(ちなみに子供の頃遊んだゲーム機を大学生~新社会人あたりの年齢の人に「PS2」と答えられるとジェネレーションギャップを感じる今日この頃)。そして、遊んだソフト、それを出したメーカーの名前も覚えているものもあるでしょう。

しかし現在振り返ってみると、それらゲームソフトを出した会社というものは、昔から大きく変わっていることが多いのですよね。それはたとえ名前が同じでも、会社の中身が昔とすっかり違っているとか。
というわけで、今日は昔からあったゲーム会社が今どうなっているのか、主に今でも名前が残っている会社を中心に書いていこうと思います。

※このエントリーは、2015/1/10に大幅追記修正しました。
ファミコンのカセット
ファミコンのカセット / june29



コナミ・ハドソン


Konami Booth
Konami Booth / JoshMcConnell


古くから各ハードにソフトを提供し、パワプロシリーズやウイニングイレブンなどで有名なコナミ。1990年代から2000年あたりにかけて、コナミコンピュータエンタテインメント東京、コナミコンピュータエンタテインメントジャパンといったスタジオ子会社を設立したり、スポーツジム経営に乗り出したりしていましたが、現在のコナミは持株会社となり、ゲーム事業はコナミデジタルエンタテインメントが行なっています。

またこれも古くからPCやファミコンなどにソフトを送り出していたハドソンもコナミが2001年より資本参加し、連結子会社化を経て2011年4月に完全子会社化しました。

※2015/1/10追記
しかしその前後から旧ハドソンのスタッフの離脱、独立が相次ぎ、2012年にはコナミデジタルエンタテインメントに吸収合併され、会社組織が消滅。その後もハドソンブランドとしてはソフトが出続けていたものの、2013年をもってブランドの終了。公式ページも閉鎖されて名実ともハドソンの消滅となってしまいました。

■参考:さようならハドソン、平成24年3月1日付けで解散・完全消滅! | 日刊テラフォー

あの高橋名人は株式会社ハドソンを2011年5月31日付けで退職、ソーシャルストリーム事業を展開する、ゲッチャ・コミュニケーションズ株式会社に移籍した後、同社の買収に伴い株式会社MAGES.に移籍。その後2014年に株式会社ドキドキグルーヴワークスを設立して「代表取締役名人」に就任しました。


ナムコ



Namco Gallery volumes 1, 2 and 3 (GameBoy) / bochalla


ファミコンの時代以前から、アーケードの雄として君臨し、数々のハードで人気作を出して来たナムコですが、2005年、バンダイと経営統合して、バンダイと共に株式会社バンダイナムコホールディングスの子会社となります。そしてゲーム部門は、旧バンダイと統合されました。

現在存在する「ナムコ」は2つの意味があり、ひとつはゲームのブランド名として使われているもの(バンダイナムコゲームスのゲームにおいてタイトルロゴで出てきますね)。そしてもうひとつは、ナンジャタウンなどアミューズメント施設などを運営する株式会社ナムコです(ただし会社組織上は昔のナムコとは別会社です)。

■参考:株式会社ナムコ - ゲームセンター・テーマパーク・ボウリング等、アミューズメント施設で遊ぼう!

※2015/1/9追記
そしてさらに今年の4月からは「バンダイナムコエンターテインメント」に名称を変更するようです。

バンダイナムコゲームスが社名変更 「バンダイナムコエンターテインメント」に - ITmedia ニュース


バンダイ・バンプレスト


Ticket to Ride(BANDAI Edition)
Ticket to Ride(BANDAI Edition) / Tsuyoshi CHO


ナムコの項で書いたように、2005年にナムコと経営統合し、株式会社バンダイナムコホールディングスの子会社となります。そしてゲーム部門は旧ナムコと統合されましたが、おもちゃブランドとしての「バンダイ」は現在でも使われています。

また、バンダイの子会社であり「スーパーロボット大戦」などキャラもののゲームを多く出していた株式会社バンプレストも同じくバンダイナムコゲームスのゲーム部門に統合されますが、プライス事業を担当する子会社としての新しい組織として再生。こちらも会社組織上は昔のバンプレストとは別ですが、その名前はアミューズメント施設のプライスなどで今でも見ることができます。


ソニー・コンピュータエンタテインメント


DualShock 3
DualShock 3 / joo0ey


言わずと知れたプレイステーションシリーズやPSPの発売元で、一時代を築いてきたメーカー。しかし、設立当初の会社と現在の形は名前は同じものの厳密には異なります。というのは、2010年に旧SCEはSNEプラットフォームと商号変更をしてソニー本体に吸収合併。そして新たな会社として同名の株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメントを設立したためです。

まあ、会社組織法の問題であって、ロゴも変わっていないし(ソニー本体のロゴをHP等で見かけるようにはなりましたが)ユーザーの見た目的にはほぼ同じなのですけどね。

ソニー、グループ事業再編に伴って子会社を吸収合併 - ファミ通.com


セガ


Sega Dreamcast R7
Sega Dreamcast R7 / Erik Harmon


かつて、任天堂と覇権を競っていたセガですが、2000年前後には経営難に陥り、親会社CSK創業者の大川功氏より850億円の個人資産の寄付を受けるも、経営は好転しませんでした。

2002年にドリームキャスト及び家庭用ハードからの撤退をした後、ソフト開発やアミューズメント施設運営を行なっていましたがそれでも経営は好転しませんでした。そこで2003年、合併交渉がナムコやサミーと行なわれましたが、破談 (ちなみに1997年に、一度バンダイとの合併を発表したものの、両社内での猛烈な反対により白紙撤回になった経緯があります)。

しかしその後、サミーがCSKからセガ株式を453億3400万円取得しセガの筆頭株式に。その後2004年、セガサミーホールディングスを設立し、セガ、サミー共にそのグループに入ります。

ちなみに当時のサミーはパチスロのヒットで453億の買収費用を出せるくらい経営状態が良く、逆に経営が悪かったセガとは相当の開きがあったにもかかわらず、セガをサミーへ吸収させず持ち株会社に名前が残っていたのは、セガに力を注いでいたCSK創立者である大川功氏からかつて恩を受けていたサミーの里見社長が、セガに気を遣ったからともいわれています。そして現在でも、セガはセガサミーホールディングスの一員とはなっていますが、セガという会社としてゲームを出しています。

サミー、CSKから株式を取得し、セガの筆頭株主に
会社情報 | SEGA


スクウェア・エニックス



E3 2011 - Square Enix booth / Doug Kline


『ファイナルファンタジー』などで有名なスクウェアと、『ドラゴンクエスト』で有名なエニックス。これらふたつの巨大なRPGソフトメーカーは長年ライバルとして競ってきましたが、スクウェアの映画事業失敗や、業界再編の動きなどによって両社は2003年に対等合併。多くのユーザーを驚かせました。
その後はゲームから出版まで、スクウェア・エニックスブランドで統一されて販売されています。

実は、ほかの会社が組織はなくなってもブランド名として昔の会社の名前でソフトが出ていますが、スクウェアとエニックスにおいては「スクウェアエニックス」で統一されているため、「スクウェア」及び「エニックス」のロゴを見かけることはあまりなくなってしまい、それが少し残念です。

会社情報 | SQUARE ENIX


タイトー


Space Invader
Space Invader / FabianOrtiz »


かつて『スペースインベーダー』を発売し、日本におけるゲームを幕開けさせたメーカーでもあるタイトー。その後もアーケード等で数々の名作を生み出し、人気を得ます。しかし1990年代中頃から家庭用通信カラオケ事業の失敗などが響いてゆきます。

そして2005年に、アミューズメント部門を強化する目的でスクウェア・エニックスがTOBにより親会社の京セラなどから株式の大半を取得し、連結子会社とします。その翌年、スクウェア・エニックスの完全子会社となり、旧タイトーは上場廃止となります。

さらに2010年、タイトーのAM事業をタイトーに、コンシューマ事業をタイトーソフトへと分割することになり、後者は従業員数の10人という発表からして、事実上タイトーかコンシューマのオリジナルソフトからは撤退してすることになります。ただし、アーケードでは新作『ダライアスバースト アナザークロニクル』やiPhoneアプリ『グルーヴコースター』など、現在でも人気のものがタイトーから出ています。

スクウェア・エニックス・ホールディングス タイトーのAM事業をタイトーに、コンシューマ事業をタイトーソフトへと分割 -GAME Watch
株式会社タイトー|トップ


テクモ・コーエー


Tecmo Cup, vista delantera
Tecmo Cup, vista delantera / Boja


かつてテーカン(帝国管財)という名前でゲームを販売し、テクモと名前を変えてからも『デッドオアアライブ』シリーズやなどをリリースしていましたが、2000年代半ばに経営不安等数々の問題情報が流れます。

創業者の死が招いた経営混乱 テクモ経営統合の舞台裏(上):|NetIB-NEWS|ネットアイビーニュース

その後、かつて、PCからあらゆるハードで『信長の野望』などを販売しシミュレーションゲームで独自の立場を築いたコーエー(旧社名光栄)と合併合意。2009年に「コーエーテクモホールディングス株式会社」を設立し、両社はその子会社となります。その後2010年テクモは解散、のち新会社として新テクモが設立され、開発部門を担うことになります。

そして2011年4月、コーエーも経営効率化のためコーエーテクモゲームスに統合されました。

GAMECITY

ちなみにテクモの旧サイトは2010年で止まってます。リダイレクトかけずにこの形ってのは、大企業にしては珍しいかも。

TECMO INTERNET STUDIO


アトラス


Almost famous...
Almost famous... / irrational_cat


『女神転生』シリーズで有名なアトラスは、1990年代後半、『プリント倶楽部』の大ヒットで躍進します。2000年には角川書店と提携しますが、2003年には解消してタカラトミーの子会社に。さらに2006年にはタカラトミーの親会社であるインデックス・ホールディングスの株式公開買い付けを受けいれ、2010年に子会社化。アーケード事業からも2009年に撤退しました。

「プリクラ」生んだアトラス、業務用ゲームから撤退 - ITmedia News

その後2010年10月1日にインデックス・ホールディングスに吸収合併され解散。しかし現在も女神転生シリーズなどのブランドで名前を残しています。

アトラスネット

※2015/1/8追記
しかし、このあと急激な展開がありました。

インデックスはその後赤字続きとなり、粉飾決済の疑いも浮上して、証券取引等監視委員会の強制査察を受けます。その影響もあって、2013年6月、民事再生手続を申請(その後2014年破産)。
その際、民事再生スポンサーにセガが名乗りを上げ、受け皿子会社のセガドリームがゲーム事業などを譲渡。さらに2013年11月にセガドリームは新しく株式会社インデックスと社名変更し、そこでそれらの管理を行います(一部事業はセガ本体に)。

その後2014年4月、新インデックスは「株式会社アトラス」と「株式会社インデックス」に分割。デジタルゲーム事業を株式会社アトラスが、コンテンツ&ソリューション事業を株式会社インデックスが担うことになりました。
ここに、企業としての「アトラス」の名前が復活することとなりました。

インデックス、アトラスとインデックスに新設分割。アトラスの商号が復活! - GAME Watch


SNK


Restored Neo-Geo MVS-2-13
Restored Neo-Geo MVS-2-13 / driph


かつては新日本企画として主にアーケードゲームでリリース。その後、NEO-GEOで『サムライスピリッツ』『KOF』シリーズなどの2D格闘ゲームをリリースし、人気を博していたSNKですが、テーマパーク「ネオジオランド」の経営が失敗し、格ゲーブームの下降などの影響を受け、多額の負債を抱えます。それでアルゼの子会社となって再生を図るものの失敗。2001年に倒産します。

その後、親会社だったアルゼと、事業を継続したプレイモア社(のちに社名変更してSNKプレイモア)との間で権利を巡る裁判が行なわれ、係争となりました。

ちなみにアルゼはかつて、ユニバーサルという社名で『Mr.Do!』というゲームを出していたのですが、最近またかつてのユニバーサル(ユニバーサルエンターテインメント)に社名が戻っています。


ジャレコ




ファミコンの時代以前からアーケードゲームでリリースをして、ファミコン初期のサードパーティーのひとつでもあったメーカー。

しかし2000年に、香港のパシフィック・センチュリー・サイバーワークスの買収を受けてパシフィック・センチュリー・サイバーワークス・ジャパンに社名変更。しかし長すぎたのか、2004年に再び株式会社ジャレコに戻ります。

その後、2009年、既に持ち株会社制に移行していたジャレコホールディングスの全株式が1円で提携先のゲームヤロウに売却され、ゲームヤロウの完全子会社となります。

※2015/1/10追記
その後ゲームのリリースが行われていましたが、2012年に過去ゲームのライセンスをハムスターに譲渡。その後ゲームヤロウは破産。事実上ジャレコも活動停止状態です。

ゲームヤロウ、破産手続きを開始 - GAME Watch

ちなみにジャレコはアクアリウム用品(水槽)事業を行なっていたことが、データイーストのしいたけと同じくらい有名ですが、現在は売却、撤退。


NECホームエレクトロニクス・NECアベニュー


PC Engine III
PC Engine III / bochalla


かつて、PCエンジンをリリースしていたのがNECの子会社であるNECホームエレクトロニクス。しかし後継機のPC-FXで失敗し、その煽りで2000年に解散してしまいます。事業はNECグループ内外にちこちに譲渡されており、NECビッグローブ株式会社などが引き継いでいるものや、ハドソンが引き継いでいるものもあります。

また、NECアベニューはそのソフト部門として独立した会社。もしかしたらこれを引き継いだ「NECインターチャネル」のほうが有名かもしれません。ギャルゲー的な意味で。しかしNECインターチャネルもインデックスに譲渡され、「インターチャネル」と名前を変えます。こちらはコンシューマ事業からは撤退しています。


ゲームアーツ




『テグザー』『シルフィード』を発売し、PC88の雄となり、主にセガハードで『グランディア』『シルフィード』など高い技術を駆使した名作を販売していたゲームアーツ。

しかし、2005年10月17日からガンホー・オンライン・エンターテイメントの連結子会社となり、主にネットゲームのリリースになり、昔のようなパッケージソフトのリリースはなくなってしまいました(他社から『グランディア』の新作などは出てはいるけど……)。創業者の宮路武氏、それに宮路洋一氏も退社されています。
ちなみに、かつてゲームアーツの名プログラマーで、最近では携帯ゲーム会社ジー・モードの社長だった宮路武氏はお亡くなりになられました。ご冥福をお祈りします。

■参考:伝説の人、宮路武氏の早すぎる死を悼む | GMDISC.com~ゲームミュージックなブログ~


任天堂、その他あまり変わっていない会社


Japanese playing cards
Japanese playing cards "HANA-FUDA" @ MARIO. / MJ/TR (´・ω・)


でっかいところを最後のほう持ってきたのは理由があります。というのはファミコンを発売してから30年、この会社は殆ど変わってないので(会社の内部変更と社長や取締役の変更くらいか)。途中、マイクロソフトから非常に高額の買収提案があったという話もありますが、結局それは断ったらしく、現在のように今もなお昔のままゲームハード&ソフトメーカーとして存在しています。

ほか、カプコン、トレジャー、日本ファルコムなども、比較的そのまま残ってますね。

しかし、変わってないメーカーの方が少ない感じですね。まあ、30年経てばどの業界でもこれだけの再編が起こり得ますよね。昔はまさか山一證券やサンヨーがなくなるとか、三井銀行と住友銀行が、第一勧銀と富士銀行が合併するとか考えられなかったですし。

ちなみに、なくなったゲームメーカーは今日書いたものより遥かに多く存在します。東亜プラン、データイースト、コンパイル、テクノスジャパン等々書ききれないくらい。

■参考:倒産したゲーム会社いろいろ | GMDISC.com~ゲームミュージックなブログ~
■参考:『ぷよぷよ』のコンパイルはそれからどうなったのか : Timesteps
■参考:ゲーム会社の「アタリ」はそれからどうなったのか : Timesteps


今、ゲーム業界はソーシャルゲームなど更なる広がりを見せ、新しい会社も参入するでしょうが、30年後、そのままの形で存在する会社はどれくらいあるでしょうか。まあ会社としての形は変わっても、それがよりよいゲームを作り出す形に変わるのなら、必ずしも変化を嫌がることではないでしょうね。少なくとも望まない形での変化、すなわち消滅したりするよりは。