私が小学生の頃は、まだインターネットは存在せず、世の中の情報の主な伝達手段といえばテレビや雑誌でした。そして当時、親に毎月買ってもらっていたのが、「○年の科学」「○年の学習」といった学研の雑誌。同年代の人では買ってもらっていた人も多いでしょうが。

それらは今、どうなったのでしょうか、というのを今日は書いてゆきます。
Heiwa elementary school 平和小学校 _18Heiwa elementary school 平和小学校 _18 / ajari



戦直後に創刊された学研の学習雑誌


もしかしたら今の若い人、とりわけ子供の時からインターネット環境があった方は学研の科学と学習といわれてもピンと来ない方もいるかもしれないので、軽く説明から。

学研の科学と学習というのは、学習研究社が出していた小学生向けの学習雑誌です。とはいえ『学研の科学』『学研の学習』という名前の雑誌があったわけではなく、これらは『1年の科学』『1年の学習』、『2年の科学』『2年の学習』……というように小学生の学年ごとに刊行されていました。

創刊されたのは戦後間もない1947年。最初は『初等5年の学習』と『初等6年の学習』という2冊が創刊されました。これは、戦前から小学館より刊行されていた学習雑誌がすでに成功していたのを受けてのものだったようです(こっちの話についてもそのうち)。

さて、学研の学習雑誌といえば、通常の雑誌と異なり書店売りをしないというのが一つの特徴でした。それはこの創刊時から理由があるようです。というのは、当時学習研究社は起業したばかりで、そんな出版社の新しい雑誌を取り次ぎが扱ってくれなかったために、別のルートで流通をする必要があったためです。そのルートが学校。
学習研究社創業者の古岡秀人氏は当時、戦後の公職追放で教育界を追放となっていた元校長や教諭に子供のための本を売るということで協力を求め、そのツテで学校で学研の雑誌を販売できるようにしたとのこと。
この直販体制で、雑誌は軌道に乗ってゆきます。


科学雑誌の創刊と学年別雑誌への移行


1957年、理系分野の教育の重要性が高まってきた頃、『小学生のたのしい科学』が創刊されます。こちらは当初、書店ルートでの流通でした。しかしこれは販売不振が続き、『科学の教室』と名前を変えたりもしましたが休刊となります。そして1959年、学習と同じ学校直販ルートでまた創刊されます。それでも科学誌は学習に比べ販売が低かった模様です。

そして1962年、これら科学と学習が学年別の雑誌となります。これは小学の6年には成長の幅が非常にあるため、それらの年代に合わせることが目的としてあったようです。
しかしそれでも学習のほうの伸びに対して、科学のほうは理科だけしか扱っていないことや当時からあったと思われる科学への関心の低さなどが災いして、なかなか売り上げが伸びなかったようです。


付録と部数増


そこで1963年より、科学に付録がつき始めます。それまでには鉄道流通からトラック流通への切り替えや付録の試行錯誤など、いろいろな難題があったようです。
当時の付録は「解ぼう器」「金属鉱物・岩石標本セット」など、学年ごとに用意されました。

これらは非常に大好評で、追加の注文が続々と入ったとのこと。

■参考:「学研の科学」50年史:学研科学創造研究所

そして学研の雑誌も児童雑誌として浸透してゆき、部数を伸ばしてゆきます。


「学研のおばちゃん」による戸別販売へ


しかし1971年、消費者基本法が制定されたのをきっかけに、特定の企業の製品を学校で販売することに対してクレームが入り、それまでの学校での販売が難しくなります。
そこで学校や家庭への訪問販売を行う販売員制度に移行してゆきます。そこで販売を行ったのが主に学研コンパニオンと呼ばれる女性で、通称「学研のおばちゃん」と呼ばれるようになります。
ちなみにこう呼ばれるのは、当時から流れていたCMソング、「まだかなまだかな~、学研の、おばちゃんまだかな~」の影響が大きいと思われます。


 
1970年代から1980年代には団塊ジュニアがちょうど小学生の時代で人数が多かったこともあり、学研の雑誌は順調な伸びを見せ、1979年には全学年トータル約670万部の売り上げにまでなったようです。


学研学習雑誌のマンガ


ちなみに学研というと、どうもマンガ的な要素が低いように思えますが、そんなことはなく、マンガもわりと多めでした。有名なところでは原始時代の記号であるマンガ肉や石のお金を有名にした『はじめ人間ゴン』(それまで他誌で連載していたギャートルズからの移転)、『スプーンおばさん』、『まんがサイエンス』などがありました。

ほか興味深いところでは、当時PTAなどによる色気系マンガの攻撃対象となっていた『まいっちんぐマチコ先生』(同社のマンガ誌で連載されていた)や、『ハレンチ学園』の永井豪氏のマンガも(さすがに表現は他誌に比べて押さえてあるものの)わりと掲載されていたことでしょう。


学研の科学と学習の衰退、そして休刊


しかし子供の読む雑誌として定番となっていた学研の雑誌も、1990年代後半以降には少子化の影響を受けます。とりわけ対象が限られている学年別という形態がほかの子供向け雑誌よりも強く影響しました。さらに2000年代には長引く不景気と出版不況が追い打ちをかけます。

そこで2002年にはそれまでの直販体制から、一部のショップでの販売を開始します。さらに2004年にはそれまでの月刊から、学期刊(4月、9月、1月)にと変更になります。
しかしそれでも部数の減少は歯止めがかからず、「学習」が2010年の冬号をもって休刊、そして「科学」も2010年3月号をもって休刊となりました。

『学習』『科学』休刊のお知らせ | 学研ホールディングス


ちなみ休刊間際の2008年の科学の付録を掲載しているブログがあったのですが、かなり進化していて驚きました。

学研の科学と学習のふろくが凄いことになっている | りょーちの駄文と書評

あと、当時の科学の動画がYouTubeにあったのでそれも。




その後発売されている学研の付録付きの本など


このようにして一時代を築いた学研の科学、学研の学習は残念ながら今は休刊してしまいました。当時お世話になった人で、それを惜しんでいる方、懐かしんでいる方も多いことでしょう。
そういう大人の需要に応えるためか、同社から現在『大人の科学マガジン』というものが、ムック形式で定期的に販売されています。

大人の科学マガジンVol.29(AKARI折り紙) (学研ムック大人の科学マガジンシリーズ) 大人の科学マガジン Vol.30 (テオ・ヤンセンのミニビースト) (Gakken Mook)

大人の科学.net

もちろん、子供向けにも科学書籍が出ています。

科学の実験 (ジュニア学研の図鑑)

あと、最近ではキットつきのWeb講座としても行われているようです。

学研の「科学」がネットで復活、実験キット付きeラーニング -INTERNET Watch

■参考:学研サイエンスキッズ



子供が体験する場の必要性


そんなわけで児童書籍において一時代を築き、そして時代の流れに消えていった学研の科学と学習でしたが、今、大人となっている人に与えた影響は少なからずあると考えます。とりわけ科学的なものに対する好奇心はこれで大きく養われたのではないかと。私も科学や学習の付録教材で興味を持ち、実践し、そして知識として手に入れたものも多数あると思いますし。

これらは今の子供にも与えてあげたいと思う人は多いでしょう。しかし同じ形態というのは、出版不況もあり厳しいでしょうね。また、昔と同じ教材を使うということも、製造物責任のあたりの問題から難しいかもしれません。ただ、形は変えれど、こういった実際に子供、そして大人も実践的な科学なり学習なりに直接触れあえるようなものや場が、現在に適した形で何か出来、そして広まるといいなと思ったりします。