2010年にはチリの炭坑深くに閉じ込められた人の救出劇が世界的な話題となりました。当時世界中で盛り上がったそんなニュースなどもあってなんだか忘れられてしまった感じもありますが、同年の春頃、日本から見て地球の裏側において大事故が起こっていたのをご存じでしょうか。それはメキシコ湾における原油の流出事故。

このニュース、非常に大きな事故の割に、日本でも政局などに隠れてそこまで大きな報道はされなかった印象がありますが、これは環境事故としては史上最大クラスと言ってもよいほどのものとなっていました。
今日はその経緯と、日本ではほとんど報道がされなくなったこの事件がどうなったかというのを書いてみようと思います。

※2015年1月3日加筆修正。2016年1月10日リンク切れ修正。

Oil Spill in Gulf of Mexico April 29th View
Oil Spill in Gulf of Mexico April 29th View / NASA Goddard Photo and Video



史上最悪の原油流出事故発生


事の起こりは2010年4月20日。この日、アメリカルイジアナ州ベニス沖にある原油掘削施設「ディープウォーター・ホライズン」において、大規模な暴噴事故が発生し、噴出した油が爆発を起こします。この爆発事故により、そこにいた126名のうち11名が行方不明となります。

掘削施設は二日間燃え続け、22日に沈没しました。 しかし、掘削施設沈没後も海底にはパイプが残り、その破損箇所などから原油の流出が続き、それがメキシコ湾一面に広がります。
流出した原油は4月30日には200km、幅120kmに達し、一部はアメリカの沿岸でも確認されることになります。そのため、ルイジアナ州、アラバマ州、フロリダ州、ミシシッピ州の4州で非常事態宣言が発令されました。

米ルイジアナ沖の石油掘削施設で爆発、作業員11人不明 | ワールド | Reuters


何故事故が起きたのか


何故事故が起きたのかというのは、いろいろな情報がありますが、作業の遅れと損失を取り戻すために安全性を軽視して掘削を急がせた結果、このようになってしまったという人為的な要因があがっています。

メキシコ湾原油流出事故 ディープウォーター・ホライズン炎上沈没事故 - 事故原因
■参考:ビジネス・企業 / BPのリグ爆発、たび重なる設計変更が誘発か / The Wall Street Journal, Japan Online Edition - WSJ.com
■参考:米リグ爆発で死亡の作業員、英BPからの圧力に不安漏らす-父親証言 - Bloomberg.co.jp


約78万キロリットルの原油流出



Oil Slick in the Gulf of Mexico May 24th [Detail] / NASA Goddard Photo and Video

その後も流出は止まらず、当初一日5000バーレル(1バーレルは約159リットル)とみなされていた流出量は、およそ1日あたり12000から19000バーレルと推定されるようになります。

このまま流出が続いた場合、メキシコ湾どころか海流によって他の地域にも原油が流れ、世界の生態系に重大な影響を及ぼすことが懸念されましたが、7月15日にキャップを設置することが出来、なんとか流出を止めることが出来ました。
そこまでの総流出量は約78万キロリットル。1989年の米史上最悪と言われたアラスカ沖原油流出事故や、1991年の湾岸戦争時に、イラクの悪事としてたびたびメディアでアピールされた原油流出をしのぐ、最悪の原油流出事故となりました。

ちなみにこの流出の様子はBPのサイトでビデオ中継されていました。当時は原油が噴き出す映像ばかりでしたが、現在は止まっているようです。


事故対応に対する批判


このように史上最大の原油流出事故となってしまったわけですが、問題となったのは事故だけではなく、BPの対応のまずさにありました。まずCEOが、このとんでもない規模の事故であるにもかかわらず、「メキシコ湾は広大だ。海全体の水の量に比べれば、流出した石油と分散剤の量など微々たるものだ」とか「私は誰よりも終結を望んでいる。自分の生活を取り戻したい」と言ったことが顰蹙を買うことになりました。

さらに後の調査で、爆発炎上の最中も救助要請を権限がないと叱責したり、責任者が不在だったりと、BP幹部の危機意識が非常に希薄だったことも大きな問題となりました。
また、真偽は不明ですがネット上の情報操作も噂され、そこでもかえって悪評が広がります。

それに対して、BPは流出のビデオ映像を中継するなど、誠実に対応しているのを見せつけようとしましたが、中にはセンターの写真はフォトショップ加工したものだったという事例まで出てきてしまったりしています。

そのCEOは退任が発表されましたが、最後に多額の年金を受け取ることが報道されました。
また、ホワイトハウスの対処がまずかったという声も出ています。

BPトップはPR史上最悪の失言男 | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
ビジネス・企業 / メキシコ湾の掘削リグ、爆発炎上の最中に「責任者不在」 / The Wall Street Journal, Japan Online Edition - WSJ.com
Googleで原油流出を巡る戦いが勃発: BP vs 弁護士 » SEO Japan
メキシコ湾原油流出事故のBP社、「オイル漏れ」キーワードをGoogleやYahoo!などから購入? - スラッシュドット・ジャパン
BP原油流出事故緊急指令センターの写真はフォトショップだった! : ギズモード・ジャパン
英BPのヘイワードCEO、辞任時に年金8200万円受け取り-BBC - Bloomberg.co.jp


流出の影響



Theodore Oiled Wildlife Rehabilitation Center June 17, 2010 / Deepwater Horizon Response

原油の流出は、その海の生態系周囲の環境に多大な影響を与えました。

メキシコ湾岸は漁業が盛んで、エビや牡蠣などがよく採れましたが、この事故の影響でそれらが出来なくなり、漁業者は深刻な打撃を受けました。観光産業でも影響が心配されました。
それに対する賠償責任も膨大で、BPは数々の裁判を起こされています。
BPは、2010年4~6月期決算において流出事故の対応に伴う原油回収や地域住民への補償の負担などで赤字を計上。その純損失は171億5千万ドル(約1兆5千億円)。その損失額は英国企業の歴史上もっとも大きいという話です(ちなみに前年同期は43億8500万ドルの黒字)。

また、BPは事故前は非常に優良な企業と目されていて、イギリスでは年金基金の運用先として有力なところだったようですが、これが一気に最悪の財務状況となってしまい、経済的動揺が広まりました。

年金受給者への配当か被害住民への賠償か-BPが迫られる苦渋の決断 - Bloomberg
■参考:メキシコ湾原油流出事故 ディープウォーター・ホライズン炎上沈没事故 - 責任の所在


日本企業への影響


この事故、日本からは地球の反対側の出来事ですが、日本企業にも少なからず影響がありました。というのは、日本企業、三井石油開発の子会社MOEXがここの権益の10%を持っていたからです。ただノンオペレータ権益だったため、責任はないと主張。

その後、BPから400億円超の請求が行ったそうですが、支払いは保留。また、周辺の住民や企業がBPを始めとする同プロジェクト参画企業に賠償を求める裁判を起こしており、その対象に三井石油開発などが含まれる裁判件数がのべ100件以上に上ることも明らかになりました。

それとは別に、大手商社丸紅が、BPからメキシコ湾の石油・ガス田の権益を取得したとのニュースがありました。

その後2012年2月17日、MOEXは9,000万ドルを連邦政府及び湾岸の5つの州に和解金として支払うことに合意しました。

■メキシコ湾原油流出事故で三井物産子会社へ400億円超の費用請求、「原因究明が先決」と支払いは保留 | 企業戦略 | 投資・経済・ビジネスの東洋経済オンライン ※リンク切れ
■asahi.com(朝日新聞社):丸紅、メキシコ湾の石油・ガス田の権益取得 英BPから - ビジネス・経済 ※リンク切れ


その後どうなったか



Deepwater Horizon Oil Spill Site / Green Fire Productions

7月の封鎖以降は日本ではほとんど報道されなくなりましたが、当然それからもいろいろと事態は進行しました。主には石油の除去作業と、BPに対する損害賠償の訴訟になります。

ルイジアナ州では流出事故から6カ月が過ぎても、漁は停止したままだったようです。
この頃になるとBPは湾岸地域の復興と経済被害救済のため、200億ドルを拠出して基金を設立し、住民は補償金の申請を開始したが、煩雑な書類や言語の壁に阻まれて、手続きは進まなかったとのこと。そして所得に応じて6千~1万5千ドルの小切手を送られた漁民も、住宅ローンや漁船の維持費を抱え、「とても足りない」と訴えていたようです。

10月にはBPと各大学の研究チームが、今年のイグ・ノーベル賞にも選ばれました(化学賞)。受賞理由は「油と水は混ざらないという古い定説の間違いを証明した」からだそうで(ちなみに以前は、ジンバブエの通貨も使われないであろう桁数を使うことになったことで受賞してました)。


米史上最高の罰金額


そして事故から2年後の2012年3月、BPは最大の原告団と約78億ドルで和解。
そして2012年11月、米連邦政府とBPとの間で、「刑事上責任における」罰金として、約45億ドルを支払うことで合意したと発表されました。米当局による罰金支払い額としては過去最高額になります。
2013年7月には、BPは賠償基金として積み立てた200億ドルを損害賠償に充てると発表。BPが汚染対策、損害賠償、罰金などで費やした金額は、この時点でも少なくとも総額400億ドル超になるといわれました。

英BP、原油流出事故で和解へ(2012年3月3日(土)掲載) - Yahoo!ニュース
英BP罰金3600億円 米史上最高(2012年11月16日(金)掲載) - Yahoo!ニュース


2015年になっても続いている影響


それから3年後の2013年、BPはフロリダ、アラバマ、ミシシッピー各州の浄化作業が終了したと発表。そして2014年4月には、ルイジアナ州沿岸の浄化作業も完了したようで、ここに一つの区切りを迎えます。

BP=メキシコ湾原油流出事故から丸4年、汚染浄化作業が完了 - リムエネルギーニュース

さて、2014年においてもBPと原告、国の裁判は続いていました。
国のほうは「水質浄化法違反」の制裁金(2012年のものとは異なる)。これについて米政府はBPに160億~180億ドルという高額の制裁金を科す構えとします。しかしBPはそれだけの制裁金を想定していなかったため、異常な額と反発。この審理は2015年1月に開始される予定。

一方原告団に関しては、いったん合意した和解案の執行内容の一部に不服を申し立てて賠償額の軽減を目指していたようですが、米連邦最高裁判所は同社の訴えを退ける決定を下しました。

そして流出した石油ですが、最近そのうち約200万バレルが海底に沈殿したと推計した論文が発表されました。

メキシコ湾原油流出でBPに「重過失」認定、制裁金増大も | ワールド | Reuters
■米最高裁、英BPの上訴棄却=原油流出事故の賠償金支払いで (ロイター) - Yahoo!ニュース BUSINESS ※リンク切れ


約20年前に事故が起きたアラスカ湾の石油流出事故では、ここ数年でやっと魚が捕れるようになったそうです。つまり20年間近く、この近辺では漁業が出来なくなる可能性もあります。さらに生態系への影響も心配されます。

ニュースは加熱した事故発生時からだんだんと忘れられてゆきますが、事故による影響はここまで長く続き、そしてまだ継続中なのです。


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ほか参考

2010年メキシコ湾原油流出事故 - Wikipedia